クリスティアン・アルミンク指揮新日本フィル
○2008年7月18日(金) 19:15〜21:25
○すみだトリフォニーホール
○3階LB列7番(ステージ下手側真上奥から7席目)
○ショスタコーヴィチ「ヴァイオリン協奏曲第2番嬰ハ短調」Op129
 +バッハ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調」BWV1001より「フーガ」(V=崔文洙)(14-12-10-7-6)
 ヘルベルト・ウィリ「永劫〜ホルンとオーケストラのための協奏曲」(日本初演)(Hr=シュテファン・ドール)(12-10-8-6-5)
 ベートーヴェン「交響曲第2番ニ長調」Op36(約33分、第1楽章提示部、第3楽章主部(1回目)、トリオの繰り返し実施)(12-10-8-6-4)
 (下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)
 (コンマス=西江、第2V=吉村、Va=中村、Vc=花崎、Cb=渡辺、Fl=荒川、Ob=古部、Cl=重松、Fg=河村、Hr=井手、Tp=服部、Tb=宮下、ティンパニ=川瀬)

ベートーヴェンに酔う
 
 新日本フィルが錦糸町のトリフォニーホールを本拠地と定めてからの演奏ぶりには以前から気になっていたのだが、なかなか聴きに行く機会がなかった。開演時間が7時15分という微妙に遅い設定のおかげで、ようやく足を運ぶことができた。7割程度の入り。
 今回たまたまステージすぐ上の席が取れたので喜んで行ったのだが、通路は狭いし、座ると目の前にあの「安全バー」(手すり)がある。しかも壁の作りに合わせて斜めになっているものだから、いつも以上に目障り。何だか檻の中で聴かされているような気分。音はよく聴こえるのだが。

 ショスタコーヴィチはコンマスの崔がソリストとして登場。第2番の協奏曲とは珍しい。出番の多い小太鼓奏者が第1Vと第2Vの間に座る。第1楽章は晩年特有の静謐な雰囲気に始まり、中間の速い部分では木管が高音で速いフレーズを吹くなど断片的にいつものショスタコらしい響きも出てくるが、長続きしない。だんだん収まって最後は元の静かな雰囲気に。第2楽章もゆっくりした音楽だが、第1楽章ほど暗い雰囲気ではない。第3楽章は速いがあまりエネルギッシュな感じではない。このような曲の性格のせいもあるかもしれないが、崔のソロは温かみすら感じる落ち着いた音色で、攻撃的なアクセントや聴く者をギリギリ締め上げていくような表現はほとんど見られない。オケもしっかり支えていたが、ホルンの細かいミスが気になる。アンコールのバッハは重音をくねらせるように鳴らすなど、一転してひとりよがりな解釈が目立つ。ショスタコーヴィチでそれくらいの大胆さを聴かせてほしかった。

 ここで休憩が入り、後半はまずオーストリアの現代作曲家でアルミンクが積極的に取り上げているヘルベルト・ウィリ(1956〜)のホルン協奏曲。元々新作を予定していたが間に合わなかったようだ。この曲の初演者であるベルリン・フィルの首席ホルン奏者、ドールが登場。おぉーっ、ぜいたく。
 どんな前衛的な音楽が飛び出すかと身構えていたら、予想に反して第1楽章はジャズそのもの、第2楽章はアルペン・ホルンの対話のようなのんびりした雰囲気の中に日本風の五音音階が顔を出す。第3楽章もジャズ風リズムの賑やかなオケとホルン・ソロが何度か掛け合いを演じた後、最後は消え入るように終わる。オーストリアにもアメリカン・クラシック風の曲を書く人がいるとは、面白い。
 ホルン・ソロは小刻みに音色を変えねばならないのだが、ドールはホール全体を圧するような響きからささやくような音まで難なくこなす。さすがやねえ。

 ようやく本日最大のお目当て、ベートーヴェンの2番。これも生で聴くのは久しぶり。第1楽章冒頭のジャジャーンを歯切れよく鳴らし、幸先よいスタート。第1主題は速めのテンポだが、無理のない速さ。イ長調の第2主題に入る手前、70小節で一度音量を落としてからクレッシェンド。しかし、再現部の同じパターンの部分(242)では、あまり音量が落ちないまま進む。楽譜上242冒頭にsfが付いているが、70冒頭には付いていない。おそらく指揮者としては242では落とさないつもりだったのだろうが、一部の奏者が70と同じパターンだと思って一瞬落としてしまったのだろう。終盤の318以降の弦のトレモロを強調。最後のDの音でティンパニにもトレモロさせる。
 2番で最も親しまれている第2楽章も期待通りの演奏。冒頭の弦の歌わせ方が丁寧で美しい。大輪の薔薇の花がゆっくり開いていき、木管が加わるとそこから芳しい匂いが伝わってくる。その後も落ち着いたテンポで進み、73〜74などのffも強さより豊かさを重視した響きで、なかなか酔える。
 第3,4楽章はいずれも元気溌剌、明るい気分に。アルミンクの指揮は、弦だとヴァイオリンとヴィオラに主な注意を払っている感じで、あまりチェロ、コントラバスを強調しない。そのあたりが「ウィーン風の響きがする」と言われる理由の一つかもしれない。

 演奏とは関係ない話題を一つ。プログラムに出演者の一覧がはさまれていた。この紙には曲ごとにステージ上の楽器配置と演奏者全員の名前が客演奏者(いわゆる「トラ」)も含めて書かれていた。このようなことをしているオケは他にないのではないか。自分たちの演奏に責任を持つという意味で実に立派な行為だと思う。他の楽団も是非採り入れてほしい。音楽評論家や音楽担当の新聞記者はこういうことをきちんと読者に伝えるべき。

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