加藤健一事務所「レンド・ミー・ア・テナー」(15回公演の初日)
 2008年6月18日(水)19:00〜21:35
 下北沢・本多劇場
 マックスー加藤健一、マギー=日下由美、マリア=塩田朋子(文学座)、ソーンダーズ=有福正志、ダイアナ=大峯麻友、ベルボーイ=横山利彦、ジュリア=一柳みる(昴)、メレリー・メレリ=大島宇三郎
 ケン・ラドヴィッグ作、小田島雄志・小田島若子訳
 久世龍之介演出


オペラ・ファン必見の喜劇
 
 「レンド・ミー・ア・テナー」は1990年に加藤健一事務所が初演し、好評を博した喜劇で、今回は96年以来2回目の再演となる。8割程度の入り。劇団の若手俳優らしき女性がユーモアを交えて開演前の注意を客席に伝え、観劇気分が膨らむ。

 第1幕第1場、緞帳が上がるとメレリ夫妻が泊まるホテルのスイート・ルーム。上手側が寝室、中央寄りにベッド、端にバスルームへのドア、奥上手側にクローゼットのドア、中央側に廊下へ出るドア。下手側はリビング、手前にソファとテーブル、中央寄りに椅子、端にキッチンへのドアと電話台、奥が少し高くなって丸テーブルに椅子2脚、その奥が窓、中央寄りに廊下に出るドア。2つの部屋をつなぐドアが中央奥にあるが、手前の壁は取り払われている。
 舞台上にはマックスとマギー。マックスは劇場職員としてメレリの到着を待っているが、マギーは一ファンとして押しかけている。窓際のラジオからはメレリが歌う「リゴレット」の「女心の歌」が流れている。彼は彼女を追い出そうとするが彼女はこれに従わない。他方彼は彼女に求婚しているが、彼女はまだ結婚に踏み切れない。メレリへの面会についてはマギーが攻めてマックスが守り、結婚については攻守が入れ替わる。
 そこへ劇場支配人でありマギーの父でもあるソーンダーズが登場。マックスが用意した蝋でできた果物をつまんでは吐き出す。2対1になってはさすがに分が悪く、マギーは追い出される。ソーンダーズはマックスに酒と女でメレリの声が台無しになってしまわないよう、万全の手配を指示。そこへようやくメレリと妻マリーが入ってくる。続いてベルボーイが荷物を持って入るが、なかなか出て行こうとしない。彼もメレリ・オタクなのである。ソーンダーズからチップをもらっても額が少ないとねばるが、結局追い出される。やがて出て行ったはずのマギーも寝室の入口からこっそり戻ってくる。
 ソーンダーズは劇場に向かい、マックス1人でメレリ夫婦の面倒を見ることになるが、マリーは女と食べ物に目がないメレリにあきれ果て、メレリは食べ過ぎで体調不良。2人は喧嘩を始め、一旦仲直りするが、すぐまた睡眠薬?を飲む飲まないで喧嘩を始める。2人が目まぐるしくリビングと寝室を行き来し、ドアの陰に隠れるマギーは彼らが乱暴に開けるドアにぶつけられてフラフラになる。2人の険悪な雰囲気を察したマギーはさすがにまずいと感じ寝室を出ようとするが、鍵がかかって出られない。やむなくクローゼットに隠れる。メレリは勢い余って薬を1瓶全部飲んでしまう。マリーは寝室のベッドに寝転び、メレリはリビングのソファに座り込む。
 何とかメレリを落ち着かせたいマックスは、ソーンダーズがメレリのと同じ睡眠薬を部屋に忘れたのに気付き、ワインに混ぜて彼に飲ませる。落ち着いたメレリはマックスが歌好きと知ると、歌の手ほどきを始める。身体の力を抜くための奇妙な体操に始まり、ヴェルディ「ドン・カルロ」からの二重唱を一緒に歌い、マックスに自分に自信を持つよう力強くアドバイス。その間マリーはクローゼットに隠れていたマギーを見つけ、メレリの浮気相手と早合点、荷物をまとめ、ベッド脇のテーブルに置手紙をして部屋を出て行く。マギー、追いかける。歌のレッスンを終えてマリーと仲直りしようと寝室に入ったメレリは彼女がいないのであちこち探し、書き置きを見つけて再び動揺。マックスは母親のように彼を落ち着かせ、ベッドに寝かせる(ただしこの時点でマックスは書き置きに気付いていない)。

 同第2場、メレリはベッド、マックスはソファで寝ている。マックスは起こしにきたベルボーイを追い出すのにまた一苦労。寝室へ行ってメレリを起こそうとするが起きない。そして空の薬瓶と書き置きに気づき、マックスはメレリが自殺したと思い込む。やがてソーンダーズが入ってくる。メレリが「死んだ」ことを知ったソーンダーズとマックスは善後策をあれこれ考える。ソーンダーズがマックスを代役にすれば誰も気づかないと思い付き、尻込みするマックスを無理やりバスルームで着替えさせる。マックスが着替える間オペラ・ギルド(プログラムでは「オペラ組合」と訳しているが、これでは劇場の職員組合と誤解される。高額寄付者で組織された後援会のこと)の委員長ジュリアやメレリと共演するデズデモナ役のダイアナが入ってきてそれぞれの思惑を実現しようとするが、ソーンダーズに追い出される。
 オテロの衣裳、メイクで出てきたマックスは歩くのもやっとの状態。ソーンダーズは何とか彼を勇気付け、先に劇場に向かう。リビングで不安を隠せないマックス。そこへバラの花1本持ったマギーが現れ、彼をメレリだと信じて励まし、花を渡す。マックスはマギーにキス。黒のどうらんが彼女の口周りにべっとり付く。ソーンダーズが迎えに来て彼女を見咎める。あわてて口の周りを拭いた彼女は感激と動揺をやっとのことで押さえて部屋から出て行く。ソーンダーズも出た後1人残ったマックスは花を持ち、ようやく意を決して部屋を出て行く。廊下の奥から光が照らされ、まるでホテルの部屋が舞台袖のようになる。「ドン・カルロ」の二重唱をバックにマックスが去った後、むっくりベッドから起き上がるメレリ。

 第2幕第1場、無事公演を終えたマックスとソーンダーズが戻ってくる。ソーンダーズはマックスに「オテロの格好をして『自分がメレリだ』と叫んで楽屋入口から劇場へ入ろうとし、阻止しようとした警官を殴った男がいたそうだ」との話をする。2人はメレリが公演後急死したことにしてその追悼演奏会でヴェルディのレクイエムを演奏し、そこでマックスを正式にデビューさせようとの作戦で合意。ジュリアがレセプションでメレリに挨拶させようと入ってしつこく迫るが、ソーンダーズは何とか追い出す。
 ソーンダーズは早く着替えて元に戻るようマックスに言って部屋から出る。マックスは寝室を通ってバスルームに入ってからメレリの「死体」がないことに気付き、あわててソーンダーズを探しに出て行く。
 入れ違いにオテロの格好をしたメレリがリビングに入ってくる。続いてマギーも入ってくる。彼女はメレリの愛を求め、メレリは彼女が自分のサインを求めていると互いに勘違い。彼がサインを書いている間彼女はドレスを脱ぐ。書き終わった彼は下着姿のマギーを見て驚く。そこへソーンダーズがノックするのでマギーはあわててキッチンに隠れる。
 ソーンダーズはメレリを見てマックスと勘違いし、早く着替えないと自分たちの計略がぽしゃってしまうと一方的に言い渡して去る。入れ替わりに現れたのはダイアナ。彼女は歌手としての自分の力量をメレリに尋ねるが、実際に共演していない彼にわかるわけがない。彼は話の文脈と彼女のセクシーな誘惑ぶりから彼女が「プロ」の娼婦だと勘違い。ただ元々女好きの彼にとってはまんざらでもない。ダイアナはメレリを寝室へ引きずり込む。ソーンダーズを見つけられず戻ってきたマックスはまだオテロ姿、キッチンから出てきたマギーと結ばれる。こうして本物と偽物のオテロがそれぞれ別の女性と愛し合う。

 同第2場、寝室ではダイアナがバスルームへ入った隙にメレリは部屋から出て行く。そうとは知らず寝室に戻り、メレリがいないのでリビングに入ってきたダイアナはマギーと(オテロ姿の)マックスに鉢合わせ。2人の女性はマックスを攻め、彼はバスルームに逃げ込む。そこへマリーがよりを戻そうと戻ってくるが2人の女性がいるので激怒、バスルームを開けようとするが開かない。しかし、続いて衣裳とメイクを落としたメレリが戻ってくる。ソーンダーズ、ジュリア、ベルボーイも入ってくる。マリーとメレリは仲直り、そしてバスルームからも衣裳とメイクを落としたマックスが出てくる。真相を悟るマギーとダイアナ。
 ソーンダーズはマギーがメレリと寝たのではないかと疑うが、メレリのサインが見つかるので疑いは晴れる。メレリはマックスに礼を言ってマリーと仲良く出てゆく。ジュリアはまだレセプションでの挨拶を諦められず追いかける。
 ソーンダーズとダイアナにベルボーイも去り、マックスと2人きりになったマギーはようやく彼と結婚する気になるが、まだ今夜聴いた声はメレリだったと思い込んでいる。そこでマックスは一旦部屋を出てから寝室にこっそり入り直し、「オテロ」第1幕最後の愛の二重唱を歌う。声に引かれて寝室に通じるドアを開けたマギーは、ようやく劇場で聴いたあの声はマックスだったと知り、2人は抱き合う。

 思い込みがマックスとソーンダーズに大芝居を打たせ、見事成功するが思い込みが誤解だとわかった途端、今度は大芝居が破綻しないよう取り繕おうとする。しかし、それに他の登場人物たちがそれぞれの思惑を秘めて勝手に行動するので2人の試みは何度も失敗しそうになる。どたばたの末結果的に事態は丸く収まるが、今度は登場人物たちの間に口に出せない何かが残る。
 完全に真相がわかっているのはマックスとソーンダーズとマギーだけ、メレリは本当のところ終演後のホテルの部屋で何が起こったのかわかっていない。ただマリーと仲直りできてマックスの才能を開花させたことで満足。ダイアナは自分が抱いたのはメレリではなくマックスだったと思い込んでおり、翌朝彼に弁解するつもりだろう(でもマギーがそれを知ったら新たな騒動の火種になるかもしれない。いやそれより先にNYの高級娼婦宿から電話が来るかもしれない)。ジュリアとボーイはおそらく全く何もわかっていない。

 出演者たちはみな複雑に入り組んだ台本と動きを見事に自分のものとして生き生きと動いていた。女性はそれぞれの役柄の個性を十分に伝えていたし、ソーンダーズ役の有福は、柄本明に似たとぼけた味が笑える。また大島のメレリは、薄い髪とでっぷりした腹回りがいかにもイタリアの気のいいテノールという感じで、よくこんな役者を見つけたものだと思う。売り物の加藤の歌は初日のせいか堅さが残り、音程もやや不安定。台本どおり自信を持って歌ってくれれば舞台にもっと華やかになっただろう。ただ、大島との二重唱はなかなか聴き応えがあった。
 幕が下りると拍手はすぐ手拍子に変わる。この劇団と作品に深い愛着を持つファンの存在が感じ取れる。
 演目がムーア人が主役の「オテロ」でなかったら、この芝居は成立しない。喜劇の手法としてはオーソドックスだが、脚本家の着想力と人物のもつれさせ方が見事。オペラ・ファンでも十分楽しめる喜劇。

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