新国立劇場「軍人たち」(3回公演の2回目)
○2007年5月7日(水) 19:00〜21:50
○新国立劇場オペラパレス
○4階3列19番(4階正面3列目下手側ほぼ中央)
○マリー=ヴィクトリア・ルキアネッツ、デポルト=ピーター・ホーレ、シュトルツィウス=クラウディオ・オテッリ、シャルロッテ=山下牧子、ヴェーゼナー=鹿野由之、マリ大尉=黒田博、ラ・ロッシュ伯爵夫人=森山京子、若い伯爵=高橋淳、シュトルツィウスの母=村松桂子、ヴェーゼナーの老母=寺谷千枝子、アイゼンハルト従軍牧師=泉良平他
○若杉弘指揮東フィル(14-12-10-10-8)、新国合唱団
○ウィリー・デッカー演出

「超保守路線」の完成

 名作が続いてきた今シーズンの新国のラインアップの中で唯一異彩を放っているのが、ベルント・アロイス・ツィンマーマン作曲の「軍人たち」である。若杉芸術監督が自ら指揮し、ドレスデンの「指環」やザルツブルグ音楽祭の「椿姫」で脚光を浴びるウィリー・デッカーの演出、となれば新国の力の入れようがわかろうというものである。9割以上の入り。

 指揮者はいつの間にかピットに入っていて、客席が暗くなるといきなり不協和音の大洪水。舞台は床から1メートルくらいの高さに横長の直方体の空間。床、壁、天井一面に黒地に円の外縁のような曲線がびっしり描かれた模様。カメラを長時間露出させて撮った天体写真のようにも見えれば、ススキのような細長い葉が一面に生い茂っているようにも見える。そこに全身白の衣裳に顔まで白塗りの人々が整列している。ただしみなバラバラな方向を見ている。音楽が進むにつれて人物の向きがゆっくり変わり、やがて全員客席側を向くようになる。すると上手側の人々が下手へ移動し、上手側には女性1人が残る。これがマリー。彼女の前にもう1人の女性=シャルロッテが立ち、顔の仮面をはずし(マリーだけは白塗りでなく白の仮面をかぶっていたようだ)、白の服も脱がせ、下着姿にする。それを見た人々はシャルロッテを含め、マリーを避けるように後ずさりしながら下手へ退場。

 第1幕第1場、白い下着姿のマリーとシャルロッテが並んで立っている。2人は両手に抱え持っていた薄藍色のワンピースを着る。マリーはA3くらいの紙を持ち、シャルロッテは聖書を持ちながら二重唱。
 同第2場、下手端からシュトルツィウスが両手を広げて白布のロールを持ち、後ろ向きにゆっくり歩きながら広げてゆく。その先には大きなはさみで布を半分に切り分けてゆく母が登場。仕立屋の日常的な作業風景でありながら、母が息子を日々脅しているようにも見えるところが面白い。
 同第3場、座ると足先が床上50センチくらいの高さになる巨大な白い椅子にマリーはいる。ホリゾントの下手側の切り穴が窓のように開き、そこから赤い軍服を着たデポルトが身を乗り出してマリーを誘惑。やがて部屋に入ってきて長方形の鏡を渡し、帽子とマントを床に脱ぎ捨てる。そこにヴェーゼナーが入ってきて娘から鏡を取り上げ、デポルトを追い払う。ヴェーゼナーは娘の将来を心配して彼女を抱きしめるが、その隙に彼女は父の上着のポケットから鏡を抜き取る。
 同第4場、兵士たちは全員赤い軍服姿。ただよく見ると仕官クラスはコートを着て棒を持っている。それ以外の兵卒たちは吊りズボン姿。床に整然と正方形のテーブルが並ぶ。兵卒たちは士官たちの命令でトレーニングをしたり壁際に整列したりしている。
 同第5場、上手中央の巨大な椅子に赤い靴を履いて座るマリー。下手から父が入ってくるとあわてて脱ぎ捨てるが、デポルトとの仲は既に知られている。父が去ると彼女は1人で恋の楽しみを歌い、床に大の字に寝る。その間にホリゾントが後方に倒れ、その後ろからデポルトたちが彼女に向かって蜘蛛のように這い寄ってくるところで幕。
 第2幕第1場、第1幕第4場と同じ。士官たちはスプーンと金属製のコップでテーブルをガンガン打ち鳴らす。2階L列前方のジャズ・バンドが演奏する中士官たちの論争。やがて兵士たちがテーブルをくっつけるとステージになり、その上で男3人女1人が猥褻なダンスを披露。兵卒たちはテーブルの上に顔だけ出して見物。そこに下手からシュトルツィウスが入ってくるが、デポルトたちにからかわれ憤然として退場。
 同第2場、上手中央の巨大な椅子にヴェーゼナーの老母がプラカード大の鏡を持って座っている。老母は顔を鏡の端に埋めんばかりにしている。マリーは鏡の下に座っている。ホリゾント下手側の切り穴からデポルトが入ってくる。鏡を床に下ろし、老母の後ろに垂らされたシーツの倍くらいの長さの白布を引っ張り出し、マリーと2人で両端を持つ。ホリゾントが後方に倒れ、その上へ2人は向かい、白布の中で愛し合う(ただし僕の席からは奥まで見えない)。第1幕第2場と同じパターンでシュトルツィウスとその母が登場するが、マリーを諦められない息子に向かって、母はマリーからの手紙をはさみで切り裂く。他方老母は椅子から降りてマリーが寝ている所へゆっくり近付く。

 第3幕第1場、士官たちの論争の間、兵卒たちはあちこちに現れる白の下着姿の女に群がっては頭を上下させてその姿を眺めている。最初は1人ずつ女は現れるがやがてあちこちから数人現れるので、兵士たちも分かれて群がるようになる。
 同第2場、上手中央に立つマリ大尉、下手奥からシュトルツィウスが現れ、従卒になることを志願すると兵卒たちが彼を取り囲んで服を脱がせ、上下白の下着姿で中央手前に連れて来られる。大尉は赤い上着を渡して彼を採用。
 同第3場、中央やや下手寄りの奥に兵卒たちが数人姿見大の鏡を支えている。その前でおめかしするマリー。彼女の生き様を非難するシャルロッテは第1幕第1場と同じ姿。マリ大尉から送られた靴や帽子や手袋を身に付け、それらの空箱が床に散乱している。全て赤。下手奥からマリ大尉がシュトルツィウスを従えて登場。シュトルツィウスは赤い長袖シャツに長ズボン姿。彼が背をかがめると背中の上に大尉は赤い箱を載せ、さらにマリーに贈り物。彼女が箱を開けると赤いショールが出てくる。
 同第4場、上手中央に巨大な椅子。ただし黄色。下手中央に子供用の小さな椅子。2つの椅子は向かい合っている。巨大な椅子にラ・ロッシュ夫人が座っている。息子が帰ってくる。従者も含め彼らの衣裳は黄一色。当初ラ・ロッシュ夫人は小さな椅子、息子は巨大な椅子に向かってそれぞれ語りかけていくが、しだいに2人は互いに近付き、最後には夫人の足元に息子が添い寝することで2人は和解し、2人の歌もユニゾンになる。
 同第5場、マリーはラ・ロッシュ夫人と同じ黄色の貴族風衣裳。しかし落ち着かないので杖と扇子を放り投げ、シャルロッテが拾ってまた持たせる。夫人が現れ、マリーに息子との結婚を諦めさせるとマリーの帽子を振り落とし、服を脱がせる。マリーは元の白い下着姿に。ホリゾントが奥へ倒れ、夫人が去るのを見送るマリー。その間に老母がマリーの着ていた衣裳などを拾い集める。
 第4幕第1場、両端の壁に4つずつ扉のような切り穴が開き、そこから登場人物たちが次々現れる。デポルトやマリ大尉はマリーを慰み物にするわ、シュトルツィウスの母はマリーの目の前で彼女の手紙をはさみで切り裂くわ、もうわやくちゃである。やがてマリーは大尉と兵卒たちに取り囲まれる。彼らが引き下がるとマリーの顔や下着は赤く染まり、ボロボロの赤いコートを羽織らされている。すると舞台全体が上手側に約15〜20度くらい傾く。マリーは上手端(=坂のふもと側)に横たわる。
 同第2場、シュトルツィウスがデポルトに毒を盛るとデポルトは下手に向かって逃げようとするが毒が回って死ぬ。自ら毒をあおったシュトルツィウスとともに上手端に倒れる。マリ大尉はやっとのことで下手端から脱出。
 同第3場、マリーは舞台中央でやっと立っている状態。下手から近付く父に物乞いをしても相手にされない。やがてマリーは倒れる。老母が第2幕第2場の長い白布を引きずって現れ、マリーの死骸の上に被せる。緞帳が下りると軍靴や戦闘機、戦車の音などがかなり長い時間客席内を埋め尽くす。音が止むと緞帳の代わって舞台前面を覆っていた黒のカーテンが切って落とされ、冒頭と同じシーンに。全身白のマリーを人々が避けて後ずさりする状態で幕。

 本来白一色で平等であるはずの人類が戦争のために赤一色の軍人集団ができ、身分のために黄一色の貴族階級ができ、それが普通の衣裳を着ている人々の運命を翻弄する。人物間の関係をシンプルに、ドラマの流れをわかりやすく見せ、それでいて聴衆にこの作品の本質をストレートに問いかける。
 この公演を観る前は超保守路線の演出が続く中で唯一前衛的な舞台になるだろうと思っていたが、よく考えてみると、前衛的作品を前衛的に見せることほどオーソドックスなやり方はない。その意味では、若杉芸術監督の今シーズンにおける芸術的方針は、このプロダクションをもって完全に貫かれたと言うべきであろう。
 歌手たちはいずれもよく歌っていたと思う。白塗りのメイクを別にしても、終始外国人歌手と日本人歌手の区別がほとんどつかないまま聴き通すことができた。オケも不協和音の中からバッハの引用メロディをしっかり聴かせるなど、よく頑張っていたと思う。文字通り日本のオペラ関係者の総力を結集した公演と言っていいだろう。皆様、大変お疲れ様でした。
 

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