四月大歌舞伎 昼の部(25回公演の11回目)
○2008年4月12日(土) 11:00〜15:05
○歌舞伎座
○3階8列34番(3階正面8列目上手端から8席目)
○「本朝廿四孝」より「十種香」
 八重垣姫=中村時蔵、花作り蓑作実は武田勝頼=中村橋之助、腰元濡衣=片岡秀太郎、長尾謙信=片岡我當他
○「熊野(ゆや)」
 熊野=坂東玉三郎、平宗盛=片岡仁左衛門、朝顔=中村七之助、従者=中村錦之助
○「刺青奇偶(いれずみちょうはん)」
 手取りの半太郎=中村勘三郎、お仲=坂東玉三郎、鮫の政五郎=片岡仁左衛門、熊介=片岡亀蔵、おたけ=中村歌女之丞他
 寺崎裕則演出

今月はオペラより歌舞伎だぜ

 歌舞伎座は今年で開場一二〇年を迎える。そのため毎月贅沢な配役による贅沢な演目が続いているのだが、今月がまた凄い。僕の大好きな勘三郎が「孝玉」、つまり片岡仁左衛門、坂東玉三郎と共演するというのだから、たまらない。何を置いても駆けつけねばならない。
 昼の部を通しで観るのは十数年ぶりかもしれない。三越地下の米八でおこわ入りの弁当を買い、いそいそと歌舞伎座へ。中へ入ると懐かしい赤じゅうたんがお出迎え。食堂や売店の店構えが微妙に変わっている。ほぼ満席の入り。

 「十種香」、幕が開くと謙信の屋敷。上手端が八重垣姫の部屋、下手端が濡衣の部屋、中央の座敷と八重垣姫の部屋との間に板の間の廊下。座敷の奥の襖絵は花畑。
 襖が開くと紫の裃姿の蓑作(勝頼)が登場。両端の部屋の御簾が上がると濡衣が客席を向いて亡き夫(勝頼の身代わりとなって自害)の位牌に手を合わせ、八重垣姫は客席に背を向けて勝頼の姿絵を見ながら命日の祈り。蓑作が死んだはずの勝頼ではないかとの思いを抱く八重垣姫が濡衣に仲立ちを頼むと、濡衣は姫の手を取って勝頼の元に連れ出そうとする。廊下の上で手を引かれる姫が一瞬ためらって後ずさりするも、濡衣に突き出されるように勝頼の足元へ進む。あー、歌舞伎らしくてええなあ!
 最初は素性を隠す蓑作だがついに勝頼であることを明かし、八重垣姫を抱き寄せると濡衣は姫の部屋の前に下がり、扇子をせわしくあおいで見て見ぬふり。しかしそれも束の間、奥から謙信の声がするので勝頼と姫は離れる。襖が開いて現れた謙信は頭を剃り、むしろ信玄みたいな格好。蓑作に文を持たせて甲斐へ向かわせた後、追っ手を二人差し向ける。そして濡衣を間者として右手で捕らえ、止めようとする姫を左手で制する。
 時蔵の泣きぶりに余分な力が抜け、客席への伝達力が増したような気がする。橋之助が線の細い勝頼にぴったり。秀太郎の老練な腰元ぶりも見応えがあるが、もう少し策略家風の感じが出てもいいかも。我當の声は相変わらずよく通り、迫力十分。

 「熊野」、幕が開くと舞台の上手半分にお囃子方が並ぶ。背景は宗盛の屋敷。下手から朝顔登場。熊野の母からの手紙を胸元に挿している。熊野を呼ぶと花道から登場。二人とも丈が短く膝のあたりがすぼまった上衣を着ている。上手から宗盛登場。母の病を訴え暇を請う熊野を許さず、花見に連れ出す。二人が一旦花道へ移動すると、背景は桜満開の清水の舞台に変わる。宗盛の前で舞う熊野だが、母のことを心配する和歌を詠むのでさすがの宗盛も暇を許す。
 玉三郎に仁左衛門、いずれも立ち姿だけで美しく、特に玉三郎の悲しみをたたえた目からこっちの目も離せないのだが、能を土台にした舞踊だけに、まぶたが少々つらい場面も。

 「刺青奇偶」、序幕第一場は下総行徳の船場。舞台は奥の土手と手前の道に分かれ、土手の中央やや下手寄りに灯台のような灯篭、そのさらに下手側の柵の奥を下りると船着場。幕が開くと灯篭にお仲が持たれかかっている。手前に降りてくるが追っ手が来るのに気付き、上手寄りに並べられた樽の陰に隠れる。追っ手が去った後再び土手に上がって船着場の方へ消える。下手から半太郎登場、土手に昇って下手の先(江戸の方角)を眺めている。難癖をつけてきた熊介を海へ追い落とすが、続いてもう一つ水音がする。半太郎、お仲の姿を見つけ、服を脱いで飛び込む。
 同第二場、前の場と同じく上下に分かれているが、手前が水べりになっている。助けられたお仲がしゃがみこみ、ふんどし姿の半太郎は濡れた身体を手ぬぐいで拭いている。半太郎はお仲に財布を投げ与えるが、男はみな身体が目当てとお仲に決め付けられると怒鳴りつけ、土手に昇って去ろうとする。しかしお仲は追いかけて半太郎の膝にすがりつく。半太郎、振り切って上手方向へ走り去るが、お仲も追ってゆく。
 同第三場、半太郎のあばら家。下手端が入口、中央に行灯と寝床、上手奥に穴だらけの障子戸四枚。熊介と仲間が半太郎を懲らしめようと待ち伏せするが失敗。しかし、熊介に過去の罪状を知られてしまったため、やむなく半太郎は彼に切り付ける。熊介は上手から二枚目の障子戸を蹴破って逃げる。半太郎が夜逃げの支度をしているところへお仲が入ってくる。お仲が自分に惚れたことを知った半太郎、彼女の着物がまだ濡れているのを知って自分の半纏をかけてやる。ここでまずホロリと来る。半太郎はお仲の手を取り、蹴破られた窓から逃げ出す。
 二幕目第一場、品川の半太郎とお仲の家。外には魚や海苔が干してある。病いのお仲は衝立の奥で寝ており、医師が訪ねて診察する間も客席から見えない。水を飲もうと布団の脇の急須に手を伸ばすと隣家のおたけが駆け寄って水を注ぎ、衝立をたたみ、お仲を起こしてやる。そこでようやく姿が見える。わらに包んだ牡蠣を持って帰ってくる半太郎。医師から身内に早めに知らせた方がいいと言われていたおたけだが、半太郎を外に連れ出すも言い出せず、泣きながら去る。半太郎もそれでお仲の先が長くないことを知る。お仲は半太郎の二の腕に筆でサイコロの三の目を書き、墨の上から針を打って刺青にする。もう涙が止まらなくなる。
 同第二場、中央に六地蔵。半太郎を探して巡礼の旅をする父母。二人と入れ代わりに、博徒たちに痛めつけられた半太郎が引っ立てられてくる。そこへ鮫の政五郎登場、半太郎がイカサマを仕掛けた仔細を知ると、自分の有り金と半太郎の命を賭ける。刺青の痛みを感じながらも賭けに勝った半太郎は政五郎から受け取った金を胸に抱いて花道を駆け去る。

 惚れた女の願いを聞き入れ博打を止めると一度は誓ったものの、死期の近い女房を少しでも幸せに送り出してやろうと考えるあまり、結局半太郎にできることと言えば博打しかない。勝って大金を手には入れたものの、果たしてお仲はそれで喜ぶのか?なぜ政五郎は半太郎の勝負に乗ってやったのか?政五郎は男だから半太郎の気持が理解できたのか?時代設定も筋書も全く異なるが、先々月新国で観た「動員挿話」でもあらわになった男と女のすれ違いが、ここでも観客に重い課題を突きつける。
 勘三郎は小気味のいい江戸言葉もさることながら、お仲に半纏をかけたり墨をすってやったり、不器用だがまっすぐな愛情表現に抜群のうまさを見せる。そしてお仲が刺青を書く準備をする間、彼女の背中に回って涙を拭うと思わずこちらももらい泣き。玉三郎は、同じ不幸を背負った女を演じるにしても、やっぱり平安より江戸の方がはるかに合っているように思う。ささやくように話す場面がほとんどなのだがしっかり聞き取れるし、半太郎への一途な愛が切々と伝わってくる。二人の直球勝負に存分に笑わされ、泣かされる。
 最後の場での勘三郎と仁左衛門のやり取りも見応え十分。互いに高い声だが勘三郎の柔と仁左衛門の剛ががっぷり組み合う。双方激しい攻防を見せるが数秒で勝負がつく相撲を観るような感じ。仁左衛門の最後のセリフ、「また会おう」の切れ味に胸のすく思い。
 三人一緒で舞台に揃う場面こそないが、久々に歌舞伎の醍醐味を堪能。
 

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