マリインスキー・オペラ「3つのオレンジへの恋」(2回公演の2回目)
○2008年1月29日(火) 19:00〜21:25
○東京文化会館
○5階R1列29番(5階上手サイド1列目上手端から8席目)
○王子=アンドレイ・イリュシニコフ、トレーフ王=アレクセイ・タノヴィツキー、トルファルディーノ(道化)=アンドレイ・ポポーフ、チェリオ(王の味方の魔法使い)=アレクサンドル・モローゾフ、ファタ・モルガーナ(レアンドルの味方の魔法使い)=エカテリーナ・シマノーヴィチ、ニネッタ(3人目の王女)=オクサーナ・シーロワ、クラリーチェ(王の姪)=ナデージダ・セルデューク、レアンドル(大臣)=ワディム・クラーヴェツ、スメラルディナ(黒人の女奴隷)=エレーナ・ソンメル、パンタロン(王の忠臣)=アレクセイ・サフィウーリン、料理女=ユーリー・ヴォロビエフ、ファルファレッロ(悪魔)=アレクサンドル・ゲラーシモフ他
○ゲルギエフ指揮マリインスキー・オペラ管(12-10-9-7-5)、同合唱団
○アラン・マラトラ演出

プロコフィエフ、もう一つの「古典」

 マリインスキー・オペラが2年ぶり6度目の来日。今回は「ホヴァーンシチナ」「イーゴリ公」といったお国物にロッシーニ「ランスへの旅」といった意外な演目もあり多彩なラインアップだが、一番観たかったのは何と言ってもこの作品。日本ではめったに上演されないからだ。それにしては7割程度の入り。少し寂しい。

 カーテンは白布で中央に風船を腕に結び付けた娘の姿(後に2人目の王女、ニコレッタであることがわかる。でもなぜニネッタじゃないの?)が描かれ、その下に題名がロシア語と英語で書かれている。開演前から明るい青のスーツ姿の役者たちが1階客席をうろうろし、客に話しかけたり自分たちで言い争いをしたりしている。オケピットの客席側の壁が通路になっていて、下手袖からその通路に入ってきたゲルギエフを役者の1人が呼び止める。しかしすぐに別の役者が"He is the conductor!"と叫ぶので解放され、後ろの階段を下りてピットへ入る。
 プロローグでは1階客席に入ってきた役者たちが悲劇か喜劇かで言い争う。ソンドハイムのミュージカル「ローマで起きた奇妙な出来事」の冒頭を連想させる。面白いのは、悲劇か喜劇かで対立した場合はどうやら喜劇が勝つのが定番らしいこと。両者の対立を見せること自体が喜劇的だからかもしれない。
 第1幕、トレーフ王の登場を告げるトロンボーン奏者も1階客席中央に立って吹く。中央手前に椅子が置かれ、王が座ると巨大な毛皮のマントを羽織らされる。幕が開くと舞台上は白一色、椅子の後ろの金屏風以外何にもない。屏風の後方に切り穴が3ヶ所横一列に並び、その中から医者たちがせり上がってきて王子の容態を知らせ、また穴の中に消える。
 王が黒の燕尾服姿のトルファルディーノに祭りの開催を命じて退場すると青い布で舞台一面が覆われ、しばらくして再び舞台が見えると中央に緑のマットが置かれ、チェリオとファタ・モルガーナのトランプ勝負となる。チェリオは紺の燕尾服、マントにシルクハット、ファタ・モルガーナは渦巻状の髪型に銀地にラメ入りのワンピース。ファタ・モルガーナが完勝し、チェリオを下手端に追い詰める。
 続いて黒に金の線が入った屏風が舞台に三角形に置かれ、その手前でクラリーチェとレアンドルが王子暗殺を企んでいる。そこへ上手端の客席からスメラルディナが上がってきて2人の謀略に加わる。
 第2幕、白い病院服姿の王子、トルファルディーノは病院のワゴンに乗せて王子を祭りへ連れ出す。白い屋根付スタンドがΠ型に置かれ、着飾った客たちが立ってトルファルディーノが用意したショーを見物。舞台手前のベンチには王が座る。客たちは受けているが、上手端手前でワゴンに座っている王子は笑わない。しかし、全身黒ずくめで黒の菅笠風帽子で顔まで隠したファタ・モルガーナが中央手前でこけて、帽子の中からスキンヘッドの顔が現れると王子は笑い出す。ファタ・モルガーナに呪いをかけられた王子は病院服から白のシャツ・ズボン・チョッキ姿に着替え、3つのオレンジ探しの旅に出るべく上手奥へ退場するが、すぐ戻ってきて王に別れを告げ、再び退場。トルファルディーノは燕尾の上着を脱いで後を追う。

 第3幕、白布が風のように舞台上を前後に舞った後天井から吊り下げられる。おかげで5階席からは奥が観づらくなる。紫がかったピンクの燕尾服姿の悪魔ファルファレッロをチェリオが追い出し、王子一行を迎えるが、王子はすぐ先へ進んでしまうので、トルファルディーノに魔法のリボンを渡す。彼は王子を追って上手端へ一旦退場するが、リボンを落としたのに気付いて取りに戻ってくる。その後再び同じ方向へ退場。
 舞台中央後方から高さ3mくらいの白壁が一対前へ移動。その前に王子とトルファルディーノは立つ。壁が開くと中から料理女が現れる。一応女の格好はしているが、いきなり迫力あるバスを張り上げるので大笑い。トルファルディーノは下手側の壁の裏にある段ボール箱に隠れて台所に忍び込もうとするが女に見つかり、追い回される。しかしリボンを見せると女は立ち止まってほしがる。その隙に王子は上手側の壁の裏にあるレバーを引く。すると床からオレンジが飛び出してくる(ただし2個しか出てこなかった)。女のエプロンをこっそりはずし、オレンジを包んで逃げ出す。
 舞台奥を王子とトルファルディーノが行き来するうちに、彼らが引っ張る荷台の上のオレンジはだんだん大きくなる(もちろんここでは3個ある)。やがて2人は上手袖から綱を持って出てくる。オレンジは見えない。王子は仮眠を取るが、喉が渇いたトルファルディーノはオレンジを割ってしまう。1人目はスカートで顔を隠したリネッタ、王女風の立派な衣裳。ニコレッタは腕に風船をいくつも結び付けている。やがて2人とも倒れてしまい、トルファルディーノは逃げ出す。目を覚ました王子が倒れた2人の王女を見ると役者たちを呼び、梯子に載せて運び出させる。ニネッタは下着姿に赤い傘を差して登場。水を求めるので王子が探そうとするとまたも役者たちが現れ、1人が帽子を床に置くとそこへ向かって水が飛び出てくる。王女用の衣裳を持ってくるよう頼まれた王子は下手奥へ退場、入れ替わりに現れたスメラルディナが舞台中央で眠っている彼女を針で刺すとリモコンで動いているみたいなねずみにすり替わり、どこへともなく走り去る。代わりにスメラルディナが横たわる。
 第4幕、客席でチェリオとファタ・モルガーナが言い争っている。舞台では王子がニネッタを王に紹介するがスメラルディナにすり替わっているので仰天。しかも彼女が「王子が結婚を約束した」と言い張るので、王も彼女と結婚するよう王子に命令して王宮へ向かう。
 中央奥に白カーテン付の玉座、その両脇に第2幕と同じ屋根付スタンドが2台ずつ並ぶ。王たちが戻ってきて、客たちの祝福を受ける。しかし役者の1人がカーテンを開けると中からねずみの着ぐるみが登場し、大騒ぎに。しかしそこでチェリオがマントでねずみを包むとマントの中に隠れていたニネッタが再び姿を現す。スメラルディナとクラリーチェ、レアンドルは逃げ出し、人々は追いかけるが、舞台中央に現れたファタ・モルガーナの下に3人が集まると、切り穴が下がって消える。一同王子とニネッタの結婚を祝福するうちに幕。

 プロコフィエフの「古典」と言えば交響曲第1番のことだが、このオペラは音楽こそ20世紀風だが、どこかロッシーニのオペラ・ブッファを連想させる。オペラにおける「古典」と呼んでもいい作品である。マラトラは明るい色彩の舞台、衣裳、照明を駆使してこのオペラの二面性を鮮やかに表現。

 王子役のイリュシニコフの声がかすれがちで特に第1幕あまり伸びなかったのを除けば、歌手たちはいずれもすばらしい歌いぶり。特に低音系歌手たちの層の厚さを見せ付けられる。例えば男声では威厳のあるトレーフ王、邪悪なレアンドル、誠実なパンタロンなどみなその役柄にふさわしい声質だし、野心満々のクラリーチェ、高慢なファタ・モルガーナ、狡猾なスメラルディナといったメゾ・アルトの役柄も声がよく響いていた。トルファルディーノ役のポポーフはミーメがぴったしといった感じのキャラクター・テノール。ニネッタ役のシーロワも可憐な声で容姿も美しく、「ネトレプコ2世」に成長する素質あり。
 ゲルギエフは棒を持って指揮していたが、プロコフィエフ独特の乾いたハーモニーをしっかり強調。期待に違わぬ充実した公演。

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