新国立劇場地域招聘公演/関西二期会「ナクソス島のアリアドネ」(2回公演の初回)
○2008年1月25日(金) 19:00〜21:40
○新国立劇場中劇場
○1階17列44番(1階12列目ほぼ中央)
○プリマドンナ/アリアドネ=畑田弘美、テノール歌手/バッカス=竹田昌弘、ツェルビネッタ=日紫喜恵美、作曲家=福原寿美枝、音楽教師=萩原寛明、執事=蔵田裕行他
○飯守泰次郎指揮関西フィル(12-8-6-4)
○松本重孝演出

伝説のパルシファル、東京の聴衆を再び虜に

 今回はかなり私事について書いています。ご容赦下さい。
 高校のグリークラブの先輩が関西二期会で活躍しておられるとの噂を聞いたのは、数ヶ月前のことだっただろうか。その竹田昌弘さんが、今回新国が招聘する関西歌劇団公演の一員に加わっておられるのを知り、期待に胸膨らませて劇場に向かう。
 これだけならわざわざ書く必要はなかった。しかし、関西二期会については全く別のことで以前から僕の記憶に残っていた。それは、2000年10月に上演された「パルシファル」である。これには東京から多くのワグネリアンが押し寄せたが、日本のワーグナー上演史の中でも特筆すべき名演として今だに語り草になっている。僕自身はこの公演を観ていないが、特にダブルキャストの2日目が凄かったらしい。
 実はこの日のプログラムを見て竹田さんがその「パルシファル」に出演されていたことを初めて知った。何と、あの伝説的名演のタイトルロールが高校の先輩だったとは!というわけで、開演前僕の頭の中は普段以上に勝手に盛り上がっていたのである。

 さて、客席は両端に空席があったが、9割近い入り。いつになく関西弁が耳に入ってくる。何だか大阪に帰ったような気分。
 第1幕、2階建ての屋敷が扇形に4棟並び、中央に両開きのガラス戸。屋敷の手前に円柱が4本と、4段の扇形階段、そして中央に噴水。上手側の2棟はツェルビネッタとハルレキンの楽屋で入口は扉、下手側の2棟はプリマドンナとテノール歌手の楽屋で入口はカーテン。上演の準備をする召使、衣裳係、メイク、かつら師などが慌しく出入りする中物語は進んでゆく。「アリアドネ」と道化芝居を同時上演せよとの命令が下されると、音楽教師は下手端の机の前に座って「アリアドネ」のスコアをめくりながらカットする部分のページを折り始める。ツェルビネッタと恋仲になって一旦は希望を取り戻す作曲家だが、道化たちが舞台へ向かう姿を見て再び絶望し、噴水の所で倒れる。
 
 第2幕、幕が開く前に召使が舞台前縁の貝殻状の照明具にろうそくで火を灯してゆく。幕が開くと扉付きの2棟が両端に置かれ、その内側に岩山、その間から奥に海が見える。噴水はなくなり、扇形階段の上などに岩が置かれる。アリアドネは舞台中央後方で、赤に金や銀を織り込んだ紐の玉を持って海を眺めている。ツェルビネッタとハルレキンが現れて彼女を慰めようとするが、相手にされないので上手端の岩陰で抱き合う。アリアドネが退場した後、ツェルビネッタはスカラムッチョらをもてあそんでから上手側の屋敷に入り、バルコニーでハルレキンと抱き合う。ハルレキンは彼女を抱き上げ、手すりからはみ出さんばかりにして彼らに見せ付ける。その後ツェルビネッタは下り、アリアを歌いながら紐の玉をどんどんほどいていく。
 道化芝居の後アリアドネの侍女たちがバッカスの来訪を告げる。侍女の1人がほどかれた紐の玉を再び巻いてゆく。バッカスは中央奥に広がる白煙の中船に乗って登場。アリアドネとバッカスが互いに魅かれていくとあたりはだんだん暗くなり、2人が結ばれると両脇から白煙が出てくる。煙が消えると奥の海は星空に変わっている。岩山が脇へのけられ、上手側の屋敷のバルコニーに作曲家が現れて2人の様子を眺め、目をつぶって自分の音楽に酔いしれている。そこへツェルビネッタも現れ、彼らも抱き合う。屋敷も舞台脇へのけられ、ホリゾント一面が星空に。2人が中央で抱き合うとその周囲の四角四方がせり上がり、天井から下りてくる白布が、横たわって寄り添う2人を優しく包む。

 松本の演出は、この作品を貫く両極の対立と調和を舞台上でも随所に見せる工夫を凝らしている。身なりを整えた音楽教師・作曲家vsラフな格好の舞踊教師・ツェルビネッタ、紐の玉をほどくツェルビネッタvs巻き直すアリアドネの侍女、バルコニーで結ばれるツェルビネッタとハルレキン(舞台上のカップル)vsツェルビネッタと作曲家(現実のカップル)、などなど。

 竹田さんのテノールは期待に違わぬすばらしい出来。明るく力強いだけでなく、独特の甘さをたたえた声がびんびん飛んでくる。彼に影響されたか、第1幕ではさっぱり聴こえなかった畑田も、第2幕では存在感十分の歌いぶりに。日紫喜は以前に比べ少し声が太くなったが、高音の伸びと巧みな節回しに変わりはない。回転も軽やかで、これだけ歌って踊れるツェルビネッタはそうはいないだろう。福原も声がよく伸び、芸術家としての苦悩とツェルビネッタへの恋心に揺れ動く様子が伝わってくる。萩原の温かみに満ちた声、蔵田の傲慢な語りぶりも舞台を盛り上げる。ドリャーデ役の山田愛子も陰のある声がしっかり響き、将来が楽しみ。
 飯守は弦の数をオリジナルの倍に増やしていたが、場面によっては人数を減らして弾かせていたみたい。第1幕では冒頭主題に戻る箇所(ドーヴァー版スコア練習番号108)から、作曲家の思いを受け止めたかのように、希望に満ちた明るい響きに変わる。最後のG−H−Cの音型で2つめの二分音符を短めにしていた。第2幕ではアリアドネとバッカスが結ばれ、華々しくオケを鳴らすところで分厚い弦の響きが生きる。

 これだけ好き放題書くと、単なる先輩へのお世辞だと言われるかもしれない。そう思う方は明日(27日)の公演を是非生で観て確かめていただきたい。

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