新国立劇場「カルメン」(6回公演の3回目)
○2007年12月1日(土) 14:00〜17:55
○新国立劇場オペラパレス
○4階4列46番(4階正面最後列上手側ほぼ中央)
○カルメン=マリア・ホセ・モンティエル、ドン・ホセ=ゾラン・トドロヴィッチ、エスカミーリョ=アレキサンダー・ヴィノグラードフ、ミカエラ=大村博美、スニガ=斉木健詞他
○ジャック・デラコート指揮東フィル(14-12-10-8-7)、新国合唱団、杉並児童合唱団他
○鵜山仁演出

超保守路線に回帰?

 若杉新芸術監督の下での新制作第2弾は「カルメン」。新国が開幕して今年で10周年になるが早くも3作目になる。演劇部門の同じく新芸術監督である鵜山仁氏が手がける。ほぼ満席の入り。
 版はプログラムによるとアルコーア版(エーザー版)に基づくものの、台詞部分はレチタティーヴォにした折衷版とのこと。レチタティーヴォで筋を説明する場面が多く(例えば第2幕冒頭でスニガがカルメンにホセの状況(2ヶ月投獄)を知らせる、第3幕冒頭でホセがカルメンに山のふもとが自分の故郷であることを教えるなど)、作品の理解を助けてくれる。

 幕が上がると舞台両端に土の壁に窓をくり抜いたような建物。これは全幕通して設置され、中央奥の装置が幕によって変わる。第1幕では平らな壁一面につる状の草が垂れ下がり、赤い細かい花が連なって咲いており、中央に小さな出入口。煙草工場という設定。下手側の建物が兵舎、上手側は居酒屋風。兵士たちと街の人々が雑然と歩いている。工場が昼休みになると舞台両端の手前と奥から女工たちが出てくる。みな煙草を吸っているが煙は出ない。
 カルメンを探す男たちはまず上手後方を向き、次にその対角線の下手手前へ身体を向ける。するとその反対の上手手前からカルメン登場。兵舎の前のテーブルに腰掛けて「ハバネラ」を歌い始めると、ホセは彼女を避けて上手手前のベンチに移動し、一人客席に背中を向けて座る。カルメンが投げつけた花をホセはすぐには拾わないが、ミカエラが近付いてくるとあわてて取り上げて軍服の合わせ目のすき間に押し込もうとする。しかし入りきらないので肩から腰にかけているベルトで隠す。ホセとミカエラが上手手前のベンチに座って二重唱を歌う間、舞台奥では通行人が横切り、物売りたちが仕事をしている。この場面の日常性を強調しようということらしい。
 喧嘩の場面、女工たちは奥の出入り口から走り出てくる。上手端の屋台がひっくり返される。「セギディーリャ」ですっかりカルメンの虜になったホセは彼女の縄をほどく。ホセは彼女の後ろに立ち中央奥へ向かって連行していくが彼女に振り向きざま突き飛ばされ、彼は自分の後ろにいるスニガたちを突き倒す。他の女工たちは果物をまき散らしたり、兵士たちの急所に一撃を食らわせたりして騒ぎを大きくし、カルメンは果物売りの屋台に飛び乗って高笑いしながら去る。ホセは責任を取って剣をはずしてスニガに渡す。

 第2幕、中央奥に3階まである階段。その手前にダンス用の正方形のステージ。天井から大小の燭台が吊るされ、数十のろうそくの火がともされている。火は時間を追うごとに自然と消えてゆく。階段の上からエスカミーリョが登場すると、一同口笛や歓声で盛り上げる。彼がダンス用ステージの上で「闘牛士の歌」を歌う間も口笛・歓声は続くが、オケが弾き終わると途端に止むのでどこか不自然。
 ホセのために踊るカルメン、帰営ラッパが鳴って彼が帰ろうとするとカスタネットを投げつけ、さらに帽子と剣を床に投げ捨てる。彼はカルメンを椅子に座らせ「花の歌」を歌って彼女の前にひざまずき、顔を膝の上に乗せる。スニガと決闘後カルメンの仲間に加わることを決心したホセは、幕切れの合唱の後彼女を抱き上げてダンス用ステージで仲間たちに披露。

 第3幕第1場、奥には両端のと同じような壁。中央に木箱が細長く並べられている。上手手前でホセとカルメンが言い争う間に回転舞台が半周すると、中央の箱の上でフラスキータとメルセデスがトランプ占いを始める。ミカエラは上手から登場。アリアを歌い終わった後上手へ退場。彼女と再会したホセは母が危篤と聞いて二人寄り添って上手奥へ向かい、エスカミーリョの鼻歌が聞こえると一瞬立ち止まるがすぐまた歩き出して退場。
 第2場、中央奥に半円形の飾りが上に付き赤く塗られた闘牛場の門。見物客や物売りたちが行き交う。闘牛士たちが次々と入場し、最後に門が手前に開いてエスカミーリョが登場。人々は花を投げ、スペイン国旗を振りながら歓声を上げる。真っ赤な衣裳のカルメンは上手手前から登場。人々が闘牛場へ入った後一人残るカルメン。下手奥からホセ登場。舞台中央、門の幅の分だけ照明が当たり、床に花が散乱する上で二重唱が展開される。ホセは門へ向かおうとするカルメンの腕をつかみ、倒して復縁を迫る。彼女は立ち上がって指環を投げつける。ついにナイフを出したホセに向かって彼女は両手を挙げ身を投げ出すようにして刺され、倒れる。ホリゾントの空が赤く染まり、人々が集まってくる。ホセはしゃがんでカルメンを抱き上げる。

 鵜山の演出は演劇学校の講義のように理にかなった動きをさせているが、作品や人物像に対する彼の解釈や思いが全くと言っていいほど伝わってこなかったのは残念。若杉時代になって演出面では伝統的と言うか、超保守的な路線に回帰したことを改めて印象付ける。それ自体に異論はないが、歌劇場としてより重要なことは今回の舞台を何シーズンも再演し新国の代表的レパートリーとして定着させることだと思う。

 デラコートは自信に満ちた解釈でオケを引っ張り、オケもこれによく応える。冒頭は歯切れよく始めるが、「運命のテーマ」に入ると3回目の「ターーリラリ」の音量を極端に落としてから急速にクレッシェンド。第3幕第1場「カルタの三重唱」では前半の陽気な部分とカルメンが加わって以降の暗い部分とを明確に対比させ、特に後者では低弦のフレーズを浮き立たせる。カルメンが死ぬ最後の場面では「運命のテーマ」を極端に遅いテンポで強調。思わずホロリと来る。
 カルメン役は当初予定されていたマリーナ・ドマシェンコがキャンセルしたが、代役のモンティエルが掘り出し物。名前に「ホセ」が付いているのが面白いが、生まれながらのカルメンと言っていい容姿、特に第1幕では胸元を大胆に開けて4階席からはすこぶる眺めがよかった。声は若さと色気を兼ね備え、ヴィブラートもきつくなく、見事な歌いぶり。トドロヴィッチも力強さの中にもどこか弱さ、もろさを感じさせる声でこちらもホセにぴったし。ヴィノグラードフは明るい声で二人に比べるとやや影が薄いが、すらっとした容姿はかっこいい。大村は高音の音程が不安定だしヴィブラートもきついのが気になる。スニガ役の斉木が立派な声、久々にバスの逸材が現れたという感じでこれからが楽しみ。合唱も安定したハーモニーで舞台を盛り上げる。
 

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