ドレスデン国立歌劇場「ばらの騎士」(3回公演の2回目)
○2007年11月23日(金・祝) 15:00〜19:45
○NHKホール
○3階C11列45番(3階中央後ろから3列目中央やや上手寄り)
○元帥夫人=アンネ・シュヴァンネヴィルムス、オックス男爵=クルト・リドゥル、オクタヴィアン=アンケ・ヴォンドゥング、ゾフィ=森麻季、ファニナル=ハンス・ヨアヒム・ケテルセン、ヴァルツァッキ=オリヴァー・リンゲルハーン、アンニーナ=エリーザベト・ヴィルケ、マリアンネ=ザビーネ・ブロム、イタリア人歌手=ロベルト・ザッカ他
○ファビオ・ルイジ指揮ドレスデン国立歌劇場管(14-12-10-8-6)、同合唱団
○ウヴェ・エリック・ラウフェンベルク演出

またもオケが泣かせてくれる

 早くも冬晴れを思わせる晩秋の午後、NHKホールへ向かう。原宿側から歩いてくると路上ライブの音で耳が割れそうだ。何とかくぐり抜けて入口へ行こうとすると、もぎりを待つ長蛇の列。珍しい。客席は9割近い入り。

 序奏が始まるとすぐに幕が開き、M字型の壁の中央上手側の扉が開くと夫人とオクタヴィアンが駆け込んでくる。暗闇の中二人は扉が開きっ放しなのも気にせず服を脱ぐのももどかしい様子で激しく求め合い、下手奥のベッドにもぐりこむ。要はR.シュトラウスが音楽で表現したことを実際に舞台で見せるという趣向。演出家なら誰でもやりたくなることだろうが、思わず「あーら、ホンマにやったのね」と心の中で突っ込んでしまった。
 第1幕、上手端には訪問者用の扉、上手中央に窓、下手端に衣装部屋の扉。窓から日の光が差し込んでくる。モハメッドは二人の関係をよく知っているのか、入ってくると床に二人の服が散乱しているのを見て大喜び、オクタヴィアンの剣を持ったりシルクハットをかぶったりして夫人を困らせる。朝食は別の召使が持って入ってくる。その後オクタヴィアンはようやく床の服を片付ける。紺地に白エプロンのメイド姿に着替えたオクタヴィアン(マリアンデル)、寸法が合わないのか肩紐がすぐ落ちてしまう。それまでシュミーズ姿だった夫人は上から白いガウンを羽織る。マリアンデルは中央上手側の扉から出ようとするがオックスが開けて入ってくるので、扉にぶつかってしまう。中央奥の2枚の扉はいずれも裏がほぼ全面鏡になっている。オックスはマリアンデルを誘惑しようと話の最中にも隙あらばお尻などを触る。かと思うと夫人が話す間には居眠りしている。さらに朝食を片付けようとするマリアンデルからトレイを取り上げる。それを夫人が取り上げて彼女に返す。
 上手端の扉から訪問客たちが現れると夫人は一旦衣装部屋に入り、黒のワンピースに着替えて出てくる。下手やや奥に座る夫人の前にテーブルが置かれ、彼女は電話をかけながら髪を結わせ、客たちへの対応を召使たちに指示。モハメッドも入ってきてペット商人が持ってきた犬をかわいがる。レオポルド(またはその仲間)をこかせて、持っていた法律書?がこれまた床に散乱する。なかなかのいたずら好き。イタリア人歌手の伴奏者としてフルート奏者も舞台にいる。上手端の扉からアロハシャツを着たアメリカ人旅行者が入ってきて写真を撮るので召使に追い出される。この当たりの衣裳・小道具を見ると1950〜60年代という時代設定か。オックスが公証人に怒りをぶちまけると歌手は帰るが、フルート奏者はその後もしばらく(つまり楽譜通り)吹く演技を続ける。訪問者たちを下がらせた後夫人は黒の上着と帽子を身に付け、オックスに帰るよう促す。しかし帰った後帽子と上着を脱ぐ。彼を追い出すためのポーズだったというわけ。
 夫人の独白の途中で閉まっていたベッドの前のカーテンが再び開き、メイドが挨拶して去る。衣装部屋からも別のメイドが出てきて奥の扉から退場。上手端から入ってきたオクタヴィアンは赤いばらの花束を持っている。オックスが来るまでは朝食も取らずにいちゃいちゃしていた二人が、これ以降途端によそよそしくなり、ほとんど身体に触れなくなる。オクタヴィアンが夫人に花束を渡そうとしてもうまくいかず、床に落ちてしまう。夫人は衣装部屋から花瓶を持ってきてばらを入れていくが、一輪だけ花を摘みずっと持っている。オクタヴィアンが去り、銀のばらをモハメッドに渡して一人になった夫人は上手奥の窓のカーテンを閉め、二人掛けソファにひざを丸めて横たわる。おそらく日の明るい間そのまま引きこもるのだろう。

 第2幕、M字型の壁の中央は全面ガラス窓となり、外は摩天楼が見える。中央の広間を一対の階段がV字状にはさむ。赤じゅうたんが踊り場から階段、広間、そして反対側の階段、踊り場へと敷かれている。床は大理石、両脇に装飾の施された銀色の巨大な扉。幕が開いた途端思わず拍手したくなるような豪華な舞台。
 ゾフィは水色と白いレースを組み合わせた衣裳。ばらの騎士がいよいよ近付いてきたことを知るとゾフィとマリアンネは上手袖に隠れる。オクタヴィアンはたった一人で下手から登場し、誰もいないのに戸惑いながら中央で最初の一節を歌う。やがてゾフィが現れてばらを受け取るが強烈な匂いに倒れそうになり、彼に支えられる。ばらは銀と言うよりクリスタル製。授与のしきたりが終わると二人は上手手前へ移動。カメラマンたちが入ってきて二人のやり取りをしきりに撮影、続いて赤じゅうたんの上でファニナルの執事も交えて記念撮影。
 オックスが現れ、ゾフィと出会うとカメラマンたちは追い出される。オックスは嫌がるゾフィとともに下手端の二人掛けソファに座る。ファニナルはそのすぐ隣りに座っているのに、娘の嫌がる様子に気付かない。オックスの仕打ちをオクタヴィアンは赤じゅうたんの上を行ったり来たりしながら遠めに眺めているが、だんだん耐えられなくなり、ワイングラスを床に叩きつけて割る。オックスは結婚契約書の打合せのためファニナルとともに上手端の扉から退場。
 オクタヴィアンがゾフィの元に駆けつける。レオポルドたちがメイドたちを追い回すとオクタヴィアンはゾフィをソファの陰に避難させ、メイドを抱こうとズボンを下ろした手下の一人に剣を刺して追い払う。オクタヴィアンとゾフィは上手手前のソファの陰にしゃがんで手を取り合うが、だんだん気持が高ぶると立ち上がり、ソファの奥へ移動して見つめ合う。そこへ上手奥から近付いてきたヴァルツァッキとアンニーナが赤いひもで二人を縛り、オックスを呼ぶ。オックスに向かって剣を抜くオクタヴィアン、しかし彼の周りをレオポルドたちが取り囲んでバカにしたり小突いたりするのでそれに対抗するような感じでオックスを刺す。両脇の階段の踊り場にファニナル家のメイドや召使たちが集まってそんな様子を遠巻きに眺めている。
 オックスは中央のソファに座って腕を吊る。マリアンデルの手紙を持ってきて謝礼を求めるも追い払われたアンニーナは、レオポルドたちと踊りながら上手の扉を開けて退場。オックスもやがて立ち上がり踊りながら上手へ向かい、レオポルドたちと入れ替わりに出てきた公証人と手を取り一回り。オックスは再び中央ソファに座り、公証人はその奥でへたり込み、鞄を床に落とす。

 第3幕、中央に広い螺旋階段、その上から人々が下りてきて、コンクリートの打ちっぱなしみたいな殺風景な壁に赤いカーテンをかけたり、下手奥に足が金属製の簡易ベッドをしつらえ、その前を衝立で囲む。上手側にソファとテーブルを置く。その奥は窓になっている。螺旋階段の前もカーテンを吊るして急ごしらえの「特別室」が完成。給仕たちはあちこちの燭台に火をつけるが、ケチられているせいか数本にしかつけない。料理屋の主人から前金を求められたヴァルツァッキはやむなく有り金全部渡してしまう。オックスに空になった財布を見せて謝礼をもらおうとするが相手にされない。マリアンデルは黒っぽい赤のメイド服で登場。やはりサイズが合わないのか、スカートをめくって膝に巻いた白いサポーターをしきりにたくし上げる。最初はワインを遠慮していたマリアンデル、しばらくすると手酌で何杯も飲んでしまう。衝立を倒してベッドを見せ、座って跳ねるとオックスも隣りに座って一緒に跳ねる。彼は立ち上がると早くも服を脱いで下着姿になり、マリアンデルを抱こうとするが、マリアンデルは泣き上戸の振りをして彼に背を向けて倒れる。
 お化けの音楽になると下手端の回転扉(裏は全面鏡)からプロポーションのいい黒い下着の女が現れ、オックスを誘惑。続いてパパラッチたちが乱入してベッドの上のオックスとマリアンデルの写真を撮り、なぜかボクサー二人も入ってくる。警部が現れると階段に店員らが集まって中の様子を眺めている。ファニナルに呼ばれてやって来たゾフィは白の半袖ブラウスの上にグレーのワンピースという地味な格好。オックスの行状を見てショックを受けたファニナルは床に倒れ、上手奥の部屋に運ばれる。
 夫人はV字型に長く伸びた白い襟付きの黒のツーピースに黒のつば広帽子をかぶって登場。召使とモハメッドが随行。モハメッドは犬を連れている。オクタヴィアンにばらを届けた褒美か何かで買ってもらったのだろう。着替えたオクタヴィアンは燕尾服姿。人々がオックスに支払を求める場面で舞台は暗転になり、請求しながら踊る人々を舞台手前の床から照らし、その巨大な影が壁に映し出される。オックスは螺旋階段の上まで逃げ、渡された請求書の束を空中にばらまいて退場。赤のカーテンなどは片付けられ、再び殺風景な部屋に。
 上手端にオクタヴィアンと夫人、下手端にゾフィ。ゾフィは父のいる部屋に行こうとすれば夫人の前を通らねばならない。オクタヴィアンがゾフィに近寄るがうまくいかず中央で立ち往生。夫人に呼ばれたと思って近付くと夫人は逆にゾフィに近付いて声をかける。その様子をオクタヴィアンは上手のソファに座って見ている。三重唱は下手にゾフィ、中央にオクタヴィアン、上手に夫人が立ち、大きな動きはない。夫人がファニナルのいる部屋に入った後、オクタヴィアンはゾフィを抱いて振り回す。1回目の二重唱の後ファニナルは二人を祝福し、彼らを指差しながら「若い者とはこういうものですな」と歌う。それを夫人は上手手前の離れた所で聞き、彼の方を振り向かずに"Ja, ja."(そうですわね)と歌う。彼女は彼の腕を取って螺旋階段を昇り始める。オクタヴィアンがふもとまで追いかけるが、振り向いてしばらく彼を見つめた後退場。彼もゾフィの元に戻って2回目の二重唱を歌い、互いに寄り添って螺旋階段を昇り退場。入れ替わりにアンニーナの隠し子たちが下りてきて何かを探している。ベッドの奥に隠れていたモハメッドと犬を見つけ出し、みんなで階段を走り去ってゆく。

 ラウフェンベルクの演出は時代設定こそ新しくしているが、人の動きなどに斬新さはなくむしろ伝統的なスタイル。
 シュヴァンネヴィルムスはアンゲラ・デノケの代役だったが終始安定した歌いぶりで、特に第1幕後半弱音が続く場面の木目細やかな節回しにホロリと来る。リドゥルはオックスを道化として見せることに徹しており、第3幕でベッドがあるのを確認して小躍りするなど、軽やかでコミカルな身のこなしにしばしば吹き出す。明るい声が終始朗々と響き、今年見たオックスの中では文句なしに最高の出来。森は最初声が堅く、おばさんパワー炸裂!みたいなマリアンネ役のブロムとのやり取りで割を食っていたが、だんだん響きが伸びるようになる。特にハイCisなどの高音を正確に決めていたのは立派。ヴォンドゥングは芯の太い素直な声で役柄にはよく合っていたが、なぜか第3幕の三重唱に入る前の「マリー・テレーズ」以降極端に声量を抑えたため、中低音の支えが弱くなってしまった。ケテルセンは明るく張りのある声、歌いぶりも貫禄十分。
 しかしこの日も歌手たちに負けず劣らず、あるいはそれ以上に雄弁なオケにしばしば唸らされる。ルイジのテンポは第1幕では少し速めだったが第2幕以降はむしろ落ち着いたテンポで、一つ一つのフレーズを弾き切ることに重きを置くようになる。そのためか、ますます多弁になったようだ。例えば第1幕、訪問者たちが入ってくる場面のイ短調のテーマを正に「押しかける」という感じで歌わせるし、イタリア人歌手が歌う直前のチェロのソロは甘く優しくお膳立てするし、夫人の独白が終わった後のオーボエとクラリネットのフレーズは彼女の心の影に一瞬だけ光を差す。特に第3幕終盤の三重唱では、中盤以降コントラバスの低音が前面に出てくることで全体の響きが俄然分厚く豊かになり、涙が止まらなくなる。

 終演後歌手たちに惜しみない拍手が送られ、幕を照らす照明が消えたので大半の客は席を立ったが、なおオケピットの下手側で20人くらいの一団が拍手を続けている。よく見ると退場するオケの団員たちに喝采を送っているのだ。これに吊られて主役4人がもう一度出てきて挨拶。正にこの日の公演を象徴する光景。

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