ドレスデン国立歌劇場「タンホイザー」(パリ版)(4回公演の初日)
○2007年11月10日(土) 15:00〜19:30
○神奈川県民ホール
○3階12列38番(3階後ろから3列目中央やや上手寄り)
○タンホイザー=ロバート・ギャンビル、エリーザベト=アンネ・シュヴァンネヴィルムス、ヴェーヌス=エヴリン・ヘルリツィウス、ヴォルフラム=アラン・タイタス、ヘルマン=ハンス・ペーター・ケーニヒ他
○ガボール・エトヴェシュ指揮ドレスデン国立歌劇場管(14-12-10-8-6)、同合唱団
○ペーター・コンヴィチュニー演出

久々に見た老舗の底力

 ドレスデン国立歌劇場と言えばオケだけならよく来日しているが、合唱団なども含めての引越公演となると、何と26年ぶりだそうだ。僕も含め待ち遠しい思いのファンは多かったに違いない。また私事になるが、神奈川県民ホールへ行くのも実に久しぶり。みなとみらい線ができたおかげでわが家からも意外と速く行けることがわかったのである。駅からも近いし。9割程度の入り。

 舞台前面に女神たちと天使たちが集う見事な絵。その下には作曲家たちの横顔が並ぶ。プログラムを見て劇場の緞帳の絵の複製と知る。つまり本場と同じ模様の緞帳が上がってオペラが始まるというなかなか粋な趣向。

 序曲を聴き進むうちに、ドレスデンの劇場が何でパリ版をやるねん!と思わず突っ込んでしまったが、演出家としてはその方が腕を振るえるのだろう。
 第1幕、緞帳が上がると両脇の太い柱の間に凹面鏡あるいはアリ地獄を切り取ったような斜面。その手前、下手寄りに朱色の服のタンホイザーが首の高さまである十字型の剣を持って立つ。緑の肌に赤いドレスのヴェーヌスの娘たちが斜面の上からタンホイザーと同じ衣裳の人形を持って滑り降り、戯れている。出てくる人形はだんだん大きくなり、最後に出てくるのは等身大より大きい。いずれももてあそばれた後首を引っこ抜かれ、投げ捨てられてしまう。最後に現れたヴェーヌスが娘たちとともにタンホイザーを取り囲む。
 タンホイザーはヴェーヌスベルクから逃れようと斜面を昇るが抜け出せない。ついに剣を振り回すと、斜面は手前のU字型通路と後方左右の三つに割れ、娘たちは倒れる。
 牧童は斜面のてっぺんを上手から下手へ歩きながら歌う。左手に花を持ち、背中には蝶のような羽を付けているがなぜか1枚しかない。まだ半人前ということか?巡礼者たちは斜面の裂け目に集まって歌う。両端の人たちはU字型通路が視界を遮るので歌いにくそう。タンホイザーは通路越しに彼らに手を差し伸べ、彼らも手を伸ばすが届かない。その間娘たちは床や斜面に横たわったままだが、巡礼者たちが眺めたり手を触れたりする様子を見ると、彼らには野の草花に見えるようだ。
 巡礼者たちが去り、狩のホルンが舞台の両奥から聞こえると後方の割れた斜面は取り除かれ、娘たちも去り、U字型の通路のみとなる。ヘルマンと騎士たちも十字型の剣を持って登場。騎士たちの剣を振り払って去ろうとするタンホイザー、ヴォルフラムの一声で立ち止まる。騎士たちが通路に並んで座りヴォルフラムが歌う間タンホイザーは後ろに立って聞いているが、エリーザベトが待っていることを知ると大喜びになり、騎士たち一人一人に後ろから抱きついてキス。ついでにヘルマンにも抱きついてブチュ。やがて騎士たちはスキップして踊り出し、最後は剣を天に向けて持って横一列に並び、みなが最後尾のヘルマンの方を向く。彼がうなずくと剣を上下に振り、またもスキップしながら舞台上を飛び跳ねる。いかりや長介とザ・ドリフターズという雰囲気。

 第2幕、ここでも緞帳の絵が映し出される。幕が開くとU字型通路はそのまま、奥に上手方向へ天井まで続く階段。エリーザベトは白のワンピースに白毛皮の腰丈のジャケット、長いスカートの先を左手に結んで踊りながら登場。タンホイザーは這いつくばって彼女の足元に顔を寄せる。立ち上がると二人はU字型通路の中央に並び、その前にヴォルフラムが立つ。エリーザベト「あなたを戻らせたものは何ですか?」の問いにタンホイザーはヴォルフラムを指差して「奇蹟です」と答える。確かにヴォルフラムの一言で戻れることになったのだから、あながち間違いとは言えない。ヴォルフラムが去り、二重唱が終わるとタンホイザーが左手にしていた鎧の手袋をエリーザベトの手にはめ、彼女はスカートを切って彼の頭に被せる。
 タンホイザーが有頂天で去った後ヘルマンが現れると彼女は手袋を後ろに隠す。しかしやがて伯父にも見せるようになる。「秘密は後で明らかに」と歌ってはいるが、二人の間でその「秘密」は既に明らかになっている。行進曲が鳴り始めると二人は金だらい風の男性用帽子、円錐の先にスカーフを付けた女性用帽子を通路に並べる。やってきた客たちは自分たちで帽子を取ってかぶり、歌合戦に登場する騎士たちを迎え入れる。男たちは奥の階段に腰掛け、女たちは床の上で車座になる。騎士たちは剣を女たちに預け、ヘルマンも階段に座る。エリーザベトは通路の上手側に座る。
 タンホイザーがヴォルフラムの後に歌うとエリーザベトは左手の甲を右手で叩いて拍手。しかし、だんだん彼らの言い分に混乱してくるのか、ビテロルフが歌った後も拍手しかける。タンホイザーは歌うたびに横柄な態度になりヘルマンにたしなめられるが、ヴェーヌスベルク賛歌を歌ってしまうと通路の手前下手側に飛び出し、黒の上着を脱ぐ。女たちは逃げ出し、男たちは帽子を投げ捨てる。タンホイザーを成敗しようとする男たちに向かい、エリーザベトは彼の剣を振り回して守る。自分の罪を悟ったタンホイザーは上手端に立つエリーザベトに向かい、匍匐前進。彼女の足元にたどり着くと二人はさっき交換した手袋とスカートの裾をそれぞれ返す。ローマ行きを命ぜられた彼は奥の階段を昇ってゆく。

 第3幕、緞帳の絵が中央になぜか小さく映し出されている。幕が開くと通路の後ろから階段状の舞台(一番手前でも身長より高い位置)が奥に向かって組まれ、ホリゾントに天井へ向かう階段がある。ヴォルフラムは階段状舞台の下手後方に立ち、エリーザベトは通路手前上手側に立ってうなだれている。巡礼者たちはわさわさっと階段状舞台に走り出てきて歌うが、顔の上半分は目の部分が丸くくり抜かれた仮面をかぶっており、目の表情が見えない。巡礼者たちが去った後、エリーザベトはタンホイザーの残した黒いジャケットを握り締めながら祈りの歌を歌う。去ろうとする彼女にヴォルフラムが声をかけると、何と彼女は振り返り、彼の胸で泣く。やったぜ、ヴォルフラム!その後通路中央に彼が座るとその足元に彼女は跪いて寄り添う。世界中のヴォルフラム・ファンが長らく待ち焦がれたシーンかも?「夕星の歌」を歌う間彼女は彼の腕の中で息絶える。
 タンホイザーが上手手前から匍匐前進で現れる。ヴォルフラムはタンホイザーの上着をエリーザベトにかけて隠す。彼女が足元に横たわっている状態で二人は通路中央に並んで座り、タンホイザーの「ローマ語り」となる。彼がヴェーヌスを呼んで後方の階段舞台に上がると天井から酒瓶を持ったアル中のヴェーヌスが下りてくる。しだいに手前までやってきて、タンホイザーは酒を一飲み。ヴォルフラムまで後ろから抱きつかれる。何とか逃れてタンホイザーのジャケットを剥いでエリーザベトの死体を見せると、ヴェーヌスは上手側に一旦去ろうとする。しかしすぐまた戻ってきて通路中央に座り、エリーザベトの死体を抱き上げ、その隣りに息絶えたタンホイザーとともに抱きかかえる。人々が階段状舞台に集まり、ホリゾントには青と白のまだら模様の映像が「空耳アワー」のオープニング並みの速さで下から上へ流れ、下手端の高い位置から草が生えてくる。幕切れの合唱の間ヴォルフラムは一人奥の階段を昇っていく。

 コンヴィチュニーの演出する舞台を生で観るのは初めてだが、随所に見られる子どもっぽい動きに最初は戸惑う。しかし、騎士たちがそんな動きをするのは1幕だけ、タンホイザーとエリーザベトも歌合戦が台無しになって以降ちゃらちゃらした仕草は影を潜める。そうすることで登場人物たちの人間的成熟を見せようとしている。
 結末は、エリーザベトの自己犠牲によりタンホイザーは救済されるがヴェーヌスもそれを見て改心。しかし、その前の場面でヴェーヌスに誘惑されたヴォルフラムはその快感が忘れられず一人ヴェーヌスベルクへ向かう、という結末か。

 ギャンビルはいつもの喉に引っかかった声がなかなか3階席まで伸びず、オケにも消されがちでやきもきしたが、「ローマ語り」で何とか存在感を示す。シュヴァンネヴィルムスは出だしこそややパワー不足に感じたが、弱音で歌う部分ほど木目細やかな表情を付け、素晴らしい歌唱力。特に3幕の「祈りの歌」には泣けた。ヘルツィリウスはヴェーヌスにしては素直な声だが聴衆の心にまっすぐ届く歌いぶり。タイトスはオラフ・ベーアが来日できなくなったための代役だが、歌い出しでやや音程が不安定だった以外は立派な歌いぶりで主役二人としっかり渡り合う。ケーニヒの低音が3階席まで朗々と響き、圧倒される。
 日本ではいつもコンサートホールで聴いていたオケだが、ピットに入ると彼ら本来の響きにより近付いたような気がする。派手さはなく内向きに鳴っているのに艶と輝きがにじみ出てくる弦。太くて重みのある音だが歌に絡むと実に優しい響きに変わる木管(特にクラリネット最高!)。そして包容力のある金管。伝統の底力を見せつけられる。合唱も声がよく通り、安定したハーモニー。
 音楽総監督ルイジの来日が遅れたため代役として振ったのはハンガリーのガボール・エトヴェシュ。初めて聴いたが経験豊かなベテランで、1幕こそ様子見の感じだったが、2幕以降は大胆にオケを鳴らして雰囲気を盛り上げる。
 しつこいようだが、本当に久しぶりに日本の聴衆に歌劇場としての底力を見せつける。今年3回違う舞台で上演された「タンホイザー」の中でも文句なしに一番の出来。他の演目がますます楽しみになってきた。

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