新国立劇場「フィガロの結婚」(4回公演の2回目)
○2007年10月20日(土) 14:00〜17:35
○新国立劇場オペラパレス
○4階3列44番(4階正面3列目上手寄り)
○フィガロ=ロレンツォ・レガッツォ、スザンナ=中村恵理、アルマヴィーヴァ伯爵=デトレフ・ロート、伯爵夫人=マイヤ・コヴァレヴスカ、ケルビーノ=林美智子、マルチェリーナ=森山京子、バルトロ=佐藤泰弘、バジリオ=望月哲也、アントニオ=志村文彦、バルバリーナ=國光ともこ他
○沼尻竜典指揮東フィル(10-8-6-4-3)、新国合唱団(13-12)他
○アンドレアス・ホモキ演出

新国を代表するレパートリーに

 ノヴォラツスキー前監督が最初に手がけた新演出の演目がこの「フィガロ」だった。2003年10月に上演されたが当時は日本にいなかったので、僕にとっては待ちに待った公演である。ほぼ満席の入り。

 白の天井、壁、床の何にもない四角い空間が上演前から見える。序曲後半からホリゾントが開き、白い段ボール箱が次々と運び込まれ、舞台後方に積まれる。よく見ると"Seville""London""Vienna""Tokyo"(?)といった行き先の刻印がある。
 第1幕、フィガロは白シャツ、黒ズボン姿。箱の中から黒いひもを取り出して床や壁の寸法を測っている。黒のメイド服姿のスザンナは白の帽子を彼に見せようとするが全く気付かず、気付いてもおざなりな返事なのでひもをつかんで引っ張り合いとなる。2人のレシタティーヴォの間バジリオ(上下とも黒)が箱の隙間から覗いている。夫人の呼び鈴は黒電話みたいな音。1人残ったフィガロがカバティーナ「もし踊りをなさりたければ」を歌う間村の男たちも現れ、彼を囲んで計略を聞く。マルチェリーナとバルトロも黒一色の衣裳。バルトロがアリアを歌う間覗いていたバジリオが箱を崩して2人の前に現れる。バジリオは2人に買収されるが額の少いのが不満。バルトロは箱を中央手前に置き、最後はその上に立って勝利のポーズ。スザンナが現れるとマルチェリーナがからかおうとするが、二重唱の間バルトロは再三マルチェリーナを止めようとする。しかしそのたびに吉本新喜劇の島田珠代みたいに壁にぶっ飛ばされ、ふらふらに。口で勝ったスザンナは中央の箱の上に立ってマルチェリーナを見下ろす。
 ケルビーノは白シャツ、黒ズボンに黒ジャケットで登場。スザンナが腰に結んでいたリボンを取り上げようとして引っ張り合いに。アリア「自分で自分がわからない」を歌う間今度は村娘たちが現れ、ケルビーノを囲むが彼はおびえるばかり。伯爵は白の上下にクリーム色のベスト姿。ケルビーノはさっきバジリオが倒した箱(下手手前)の陰に隠れる。バジリオが現れるとケルビーノは中央の箱の中へ、代わりに伯爵が下手の箱の陰に。隠れながら箱に座るスザンナのスカートを引っ張る。バジリオは中央の箱に座ろうとするが、ケルビーノが動くので尻餅をつく。姿を現した伯爵が中央の箱を開けると中でケルビーノが居眠りしている。伯爵はスザンナをつかまえ、バジリオはケルビーノを捕まえた状態で次の四重唱は歌われる。
 フィガロが村人たちを連れて現れ、伯爵を称える合唱を歌わせ、娘たちは伯爵に花を渡す。みなに一斉に拍手させて精一杯伯爵を持ち上げる。スザンナに帽子を被せるよう促された伯爵は、代わりにフィガロの頭上に放り投げる。ケルビーノの軍隊入りが決まるとスザンナとバジリオは早々と退場。アリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」の途中でフィガロは伯爵の頭越しにケルビーノをからかうので、伯爵は自分のことかと勘繰り、怒る。しかしやがて伯爵も退場し、村の男たちが登場。夫人のリボンでケルビーノに目隠ししたり小突き回したりした後、上手側の壁に立たされ、モップを持った男たちにより「銃殺刑」に処される。

 第2幕、舞台はそのまま。夫人はカバティーナの序奏が終わる直前に下手奥から登場。白一色の衣裳だがコルセットを付けている。フィガロがスザンナと夫人に計略を話す間、男たちがアンティーク調の白いクローゼットを運び込み、上手に斜めに置く。ケルビーノの辞令はパスポートみたいな手帳。ケルビーノのアリエッタ「恋とはどんなものなのか」でスザンナはギターの伴奏をしない。歌い終わると恥しいのか、ケルビーノは歌を書いた紙を破り捨てる。スザンナがアリア「さあ、ひざまずいて」を歌う間、ケルビーノは下手奥の箱の山の陰に隠れて黒のメイド衣裳に着替える。袖なしなので傷に巻いたリボンはほとんど肩あたりから出てくるし、スザンナが肌の白いのに驚くセリフも不自然。絆創膏を取りに行かせるなどスザンナに指示する夫人はしばしば足を踏み鳴らして命令調になる。別のリボンを取りに行くスザンナは奥から退場し、奥の壁が閉まる。伯爵の声がするとケルビーノは慌ててクローゼットに隠れる。夫人は鍵をかけて自分で持つ。伯爵が入った後奥の壁は開きっ放し。三重唱の序奏が始まると舞台全体の照明が黄色に一変、スザンナは箱やクローゼットの陰に隠れながら歌う。伯爵夫妻が去った後ケルビーノは女装のまま出てきて舞台手前に飛び降りる。伯爵は白い釘抜きとトンカチを持ってきてクローゼットをこじ開けようとするが、最後は夫人から鍵を受け取って開ける。
 フィガロも加わった四重唱の後、舞台手前からはしごが伸びてきてアントニオが昇ってくる。伯爵に訴えかけるアントニオをフィガロやスザンナは引き離し、壁にぶっ飛ばす。伯爵がアントニオから取り上げた書類を夫人とスザンナは彼の背後から覗き見てケルビーノの辞令と知る。なぜ持っているのかと問われ、下手手前端に追い詰められたフィガロ。夫人は中央奥で印のことに気づき、上手手前端にいるスザンナに身振りで伝える。スザンナはフィガロにサインの仕草で伝える。マルチェリーナたちが押しかけると伯爵をはさんでスザンナたちと激しいいがみ合いに。両者から引っ張られた伯爵、七重唱が終わるとふらふらに。舞台全体も上手側に傾く。

 第3幕、箱は少し整理されているがクローゼットとはしごはそのまま。スザンナと伯爵の二重唱の序奏が始まると照明の当て方が変わり、それまで下手の壁に伯爵の影が映っていたのが、スザンナの影に変わる。伯爵はアリア「もうあんたの勝ちだと言ったな」を歌い終わって上手の壁を叩くと床からはずれてしまい、奥の壁も傾く。伯爵は退場せずクローゼットの手前に立つ。そこへクルツィオたちが奥から登場。フィガロの母がマルチェリーナ、父がバルトロであることが判明するとバルトロはかつらをはずし、ハゲ頭姿となる。お祝いは銀貨1枚とせこい。一同退場した後バルバリーナとケルビーノがはしごを昇ってきて上手奥に退場。上手手前から夫人が登場し、アリア「楽しい思い出はどこへ」を歌い、下手奥に退場。ケルビーノの帽子と衣裳を持ったアントニオと伯爵がはしごを昇って登場し、上手奥へ退場。入れ替わりに下手奥から夫人とスザンナが登場し、手紙の二重唱。開いた箱から夫人は紙を出し、スザンナは別の箱を机の代わりにして手紙を書く。花娘たちの合唱の後にバルバリーナとケルビーノ登場。伯爵とアントニオが加わってケルビーノの正体がばれると夫人は下手端の箱に座るが、ケルビーノはなおも箱の陰に隠れて夫人のスカートを引っ張る。
 結婚行進曲が始まると一同は奥へ退場してしまい、舞台上は誰もいなくなる。クローゼットは舞台中央に移動。ケルビーノとバルバリーナが出てきて逢引きし、クローゼットの中に隠れる。花娘たちの二重唱と合唱の間だけ村人たちが舞台奥に出てくるが、次の舞曲が始まると退場。つまり結婚式と披露宴は舞台裏で行われている。やがて伯爵1人出てきて手紙を開こうとしてピンで怪我をする。その様子を奥の箱の陰からフィガロが覗いている。ピンを返そうとした伯爵の前にクローゼットから出てきたケルビーノが現れ、追い出される。奥で村人たちが合唱を歌う間、伯爵は後から出てきたバルバリーナを下手の壁で抱く。するとその壁もずれてしまい、伯爵は走り去る。

 第4幕、壁に押し付けられた姿勢のままバルバリーナはカヴァティーナを歌う。フィガロとマルチェリーナが登場、2人とも白の衣裳。フィガロは下手手前の箱の上にピンがあるのを見つける。マルチェリーナとバジリオのアリアは省略。フィガロはアリア「男たちよ、目を覚ませ」の後あずまや(クローゼット)の脇に立っている。そこへマルチェリーナ、スザンナ、夫人の3人が登場、マルチェリーナはあずまやに入る。この時点でスザンナと夫人はまだ変装していない。スザンナのアリア「とうとう嬉しい時が来た」も黒のメイド服に白の帽子を付けた姿で歌う。
 夫人はコルセットのない白の衣裳に白の帽子を付けて登場。夫人に言い寄るケルビーノを伯爵は一旦捕まえるが、すぐに逃げられ、入れ替わりに出てきたフィガロが腹に一発食らう。スザンナはコルセット付衣裳(ただし着慣れないので骨組が見えている)で登場。フィガロとスザンナのやり取りを見ていた伯爵がフィガロを捕まえると一同集まってくるが、バルトロたちも全て白の衣裳に変わっている。伯爵が夫人に許しを求めて最後の合唱、舞台も夜明けで明るくなるが、歌い終わるとみなバラバラになって混乱のうちに幕。

 ホモキの演出はひも(リボン)の引っ張り合いや壁へのぶち当てなどいくつかのパターンのある動きを見せて、展開をわかりやすくするとともに筋の通った整理をしようとしており、おおむね意図したとおりの成果を挙げているが、もう一息徹底していないように思える場面もあった。例えば第1幕でフィガロやケルビーノのアリアに男たち、女たちを登場させて絡ませるのは実に面白い(特に後者ではケルビーノの深層心理が舞台の動きで鮮明にされていて目からウロコもの)のだが、なぜ第4幕のフィガロのアリアで同様の手法を用いなかったのか?
 また字幕については、複雑な話をわかりやすくしようとして却ってわかりにくくなる場面がしばしば。例えば第1幕の"il diritto feudale"は直訳すれば確かに「領主権」だが、ここではやはり「初夜権」としておかないと何のことかピンと来ない。また第3幕伯爵とスザンナの二重唱で"Si"(はい)と"Non"(いいえ)が交互する場面でも、直訳すれば伯爵は最初は「いいえだと?!」と言い、次は「はいだと?!」と言っているのに、後者は「どっちだ?」と訳している。これでは1回目と2回目で"Si"と"Non"とが入れ替わっていることの面白みが伝わらない。今後さらなる工夫を望みたい。

 コヴァレヴスカの夫人がこの日一番の出来。正確に歌う一方でさり気なくドラマティックな表現を加える。第2幕出だしのカヴァティーナで情感のこもった歌を聴かせ、ホロリとさせる一方、手紙の二重唱ではスザンナ以上に少女っぽく、いたずらを楽しもうとする気持が伝わってくる。ロートは声・容姿とも峰岸徹に少し似ている。どうしてもコミカルさがにじみ出てしまって悪人に徹しきれないところがそっくり。特に2人の絡んだ二重唱、三重唱は聴き応え十分。
 2人に比べるとレガッツォのフィガロ、中村のスザンナもきちんと歌えていたのだが、表現の深さの点で一歩及ばない。林のケルビーノは第1幕で高音が割れるのでハラハラしたが、第2幕以降は安定した歌いぶり。森山のマルチェリーナも崩れ過ぎない年増ぶりでよかった。
 沼尻指揮のオケは全体的に速いテンポできびきびと進める一方、第3幕の結婚行進曲や第4幕終盤伯爵が許しを請う場面などでは思い切ってテンポを落とす。アリアや重唱の繰り返しを一部省略。新国で日本人指揮者を見るのは素直に嬉しいのだが、沼尻さんって今どこの芸術監督だったっけ?

 「フィガロの結婚」は世界の主要歌劇場において基本中の基本のレパートリーであるが、今日くらいの公演であれば、どこに出しても恥しくない水準だと思う。今シーズンで2回目の再演になるが、今後も頻繁に(毎シーズンでもいいくらい)取り上げ、公演回数も増やして新国を代表するレパートリーとして定着させてほしい。

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