ベルリン国立歌劇場「モーゼとアロン」(3回公演の2回目)
○2007年10月18日(木) 19:00〜21:30
○東京文化会館
○5階L1列7番(5階下手サイド1列目下手端から7席目)
○モーゼ=ジークフリート・フォーゲル、アロン=トーマス・モーザー、若い娘他=カローラ・ヘーン、病人=シモーヌ・シュレーダー、若い男他=フロリアン・ホフマン、もう1人の男他=ハンノ・ミューラー・ブラッハマン、僧=クリストフ・フィシェッサー他
○バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管(12-12-10-8-6)、同合唱団
○ペーター・ムスバッハ演出

メン・アンド・ウィメン・イン・ブラック

 今年の秋はヨーロッパで話題の歌劇場の引越公演が続くが、9月末からはベルリン国立歌劇場が来日。2002年の「指環」以来となるが、「ドン・ジョヴァンニ」「トリスタンとイゾルデ」は都合が付かず、シェーンベルクの「モーゼとアロン」に何とか滑り込む。9割程度の入り。

 指揮者の正面にコンサートマスターが座る。第1ヴァイオリンが通常最前列の2人の奏者を両側から挟むようにして座っている。
 第1幕、黒の緞帳が上がると暗闇の中からモーゼの声が聴こえる。少しずつ明るくなるがどこにいるのかわからない。中央に置かれた古墳状の台形の丘に「マトリックス」よりは「メン・イン・ブラック」の登場人物のような黒サングラス・黒ネクタイ・黒スーツ姿の人々がびっしり座っている。男女の区別も付かない。神の声が終わると人々は両端に退場し、2人の男が残るが、声を発するまでどちらがモーゼでどちらがアロンかわからない。舞台両脇から後方にはキャバレーのようなバルコニー、銀色の金属製の円柱数本がバルコニーの床を貫く。下手側奥の階段が丘の頂上につながっている。
 モーゼとアロンはイスラエル人たちに語りかけるが彼らは理解しない。そこで2人はバルコニーの下手側に上り、アロンがモーゼの杖を蛇に変える。続いてアロンは下に降り、手の病をモーゼの力で癒すなどの奇跡を見せる。その間のアロンの動きは身振り手振りのみで、杖などの小道具は使われない。一方群集の動きは5階から見るとまるでアメーバのように変幻自在。やがて丘の頂上の床が開き、中から「サンダーバード」のブレインズ博士が富豪になったみたいな眼鏡・スーツ姿の巨大な偶像(高さ3m以上ありそう?)が現れる。右手はズボンのポケットに突っ込み、左手は大仏のように胸の前に上げている。

 第2幕、舞台両袖の通路にイスラエル人たちが現れ「モーゼが帰ってこない」と歌い退場。東京文化会館ならではの演出。緞帳が開くと彼らは争い始める。アロンが昔の神々を祭ることを認めると彼らは落ち着いて丘一面に座る。頂上の床が開き、中からブレインズの頭だけが取り出され、群衆は両手を頭の上に掲げてゆっくり前へとリレーする。彼らは立ち上がると両脇に分かれて退場し、やがて頂上の穴から今度は「スター・ウォーズ」のライトセーバーみたいな杖で床をつつきながら出てくる。棒状の白い光は揺れながら舞台一面を覆う。この場が一段落すると別の一団が穴から偶像の胴体部分を担ぎ出してくる。他の人々も集まって胴体に触れながら回してゆき、祭典が最高潮に達すると舞台前面に偶像を立てる。その時モーゼがスーツの上着に掟の書かれた石板を包んで戻ってくる。群集は恐る恐る立ち去り、アロン1人が偶像のそばに立つ。
 モーゼはアロンを非難し、偶像を倒す。しかし口では勝てず、倒れた偶像の腹の上に座りこむ。上手からイスラエル人たちが携帯用テレビを持って現れ、床に置いて退場。アロンも彼らとともに去る。何も映っていないモニターに囲まれるモーゼ。画像=偶像の映らないテレビなんて持っててもしょうがない。イスラエル人たちのモーゼに対する強烈な拒絶メッセージである。

 ソリストも含め100人を越える合唱団が一つの生き物のように動き、シェーンベルクの複雑なハーモニーをしっかりした声で聴かせる。また語り風に歌うフォーゲルとオペラ本来の歌唱法で歌うモーザーの対比が見事。最初のやり取りを聴いただけで2人が水と油の関係にあることが聴衆に鮮明に示され、その後の展開に大きな説得力を持たせる。オケも充実した演奏、特に金管が鋭く響く。
 唯一難を言えばカーテンコール。フォーゲルがサングラスをはずした以外みな舞台上の格好そのままで出てくるので、モーザーと舞台裏で歌った女性歌手以外、誰が誰だか全くわからない。せっかく難曲を見事に上演したのだから、せめてサングラスくらいはずして満足した顔を見せてほしかった。自分たちはさんざん偶像を求めておいて、自分たちの気持は舞台衣裳のままでも聴衆は理解できると信じているのか?現代人だって聖書の時代のイスラエル人とそんなに変わらないと思うのだが。

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