新国立劇場「タンホイザー」(パリ版)(6回公演の初日)
○2007年10月8日(月・祝) 14:00〜18:10
○新国立劇場オペラパレス
○4階2列37番(4階正面2列目中央やや上手寄り)
○タンホイザー=アルベルト・ボンネマ、エリザーベト=リカルダ・メルベート、ヴェーヌス=リンダ・ワトソン、ヴォルフラム=マーティン・ガートナー、ヘルマン=ハンス・チャマー、ヴァルター=リチャード・ブルンナー、ビテロルフ=大島幾雄他
○フィリップ・オーギャン指揮東フィル(14-12-10-8-6)、新国合唱団他
○ハンス・ペーター・レーマン演出

マエストロ、さあ出番です

 若杉弘新芸術監督の下での最初のシーズン、そして新国開幕10周年記念シーズン最初の演目というわけで、とにもかくにも駆けつける。ほぼ満席の入り。
 序曲が始まるとすぐ幕が開き、暗闇と霧の中からクリスタル状の円柱が奥から次々とせり上がってくる。柱の先端はギザギザになっている。六本木ヒルズか東京ミッドタウンか、という雰囲気。
 第1幕第1場、赤や青の照明の変化でヴェーヌスベルクの雰囲気を作り、ダンサーたちがヴェーヌスの大きな仮面を抱えて出てくる。4階席だとダンサーたちの踊りが微妙に鏡になってないのがよくわかる(「IQサプリ」の観過ぎ!)。やがて中央奥からクリスタルの大きな円柱がせり出てきて、左右に割れるとタンホイザーが飛び出し、中ではヴェーヌスが銀色の衣裳・冠で膝を立てて座っている。奥には竪琴。
 第2場、ヴェーヌスベルクから脱出しようとするタンホイザーがヴェーヌスといがみ合ううちに、彼女は高飛車に去るなと叫び、彼は「自由が欲しい」と歌う。すると一旦舞台は暗転になり、ヴェーヌスは女王風の姿から「3年目の浮気」のマリリン・モンロー風衣裳に変わり、それまでとは一転して誘惑調になる。
 タンホイザーが聖母マリアの名を叫ぶと柱の一つが中央に移動して裏返り、十字架が出てきて第3場となる。去ったはずのヴェーヌスは聖母マリア風衣裳で牧童に角笛を渡してから退場。巡礼団が下手奥から3mくらいありそうな十字架をそれぞれ手にして現れる。合唱の1番を歌い終わらないうちに下手手前に退場。つまり2番は全て舞台裏から歌う。これでは彼らが遠ざかる感じがあまり出ないのでは?狩のホルンはテープ演奏。ヴォルフラムたちはやはり3mくらいありそうな棒を持って登場。

 第2幕は円柱が両脇に並ぶ広間、ホリゾントにステンドグラス。エリーザベトは白のドレスに白のショールを羽織って登場。タンホイザーの姿を見た途端、ショールを床に落とす。歌合戦に招かれた客たちはなぜかみな目の周りが黒く塗られ、パンダみたい。「歌の殿堂をたたえよう」の合唱の後、両脇にベンチが並べられ、女性客はそこに座り、男性客はその後ろに立つ。ヘルマンと歌合戦に出る騎士たちはみな十字の描かれた衣裳を着ている。中央に巨大な竪琴。ヘルマンは手前上手寄り、エリーザベトは手前下手寄りに座り、騎士たちが二人の外側に座る。ヴォルフラムの歌に反論して歌うタンホイザーに、エリーザベト1人が立ち上がってパチパチ拍手する。ヴェーヌスベルクへ行っていたことをタンホイザーが白状すると、女性客たちは走り去る。残った男たちが彼を成敗しようと迫ると、エリーザベトは竪琴の前に立って両手を広げて制止する。

 第3幕、上手手前に十字架、その前にエリーザベトが倒れている。巡礼団たちは背より高い杖を持って下手奥から登場し、合唱の1番を歌ってから上手奥へ退場。タンホイザーのいないのを知ったエリーザベトは灰色のマントを羽織って中央奥へ向かう。ヴォルフラムが呼びかけるとマントを頭から覆って奥の暗闇へ消える。「夕星の歌」の後奥からタンホイザーが足早に登場。「ローマ語り」の間何度か杖を床に叩きつける。ヴェーヌスを呼ぶと奥から女王風衣裳で登場。ダンサー4人も仮面を持って出てくる。ヴォルフラムがエリーザベトの名を告げるとヴェーヌスは後ろを向いて去る。入れ替わりに男女が集まり、芽を吹いた杖を見せ、最後にヘルマンが受け取って中央手前で息絶えたタンホイザーの上に置く。エリーザベトの亡骸は出てこない。合唱が歌い終わると舞台は暗くなり、全体が星空のように光る。

 ボンネマは10年前開幕記念公演の「ローエングリン」でペーター・ザイフェルトの代役で登場。今回奇しくも当初予定されていたヴォルフガング・ミルグラムに代わっての再登場となった。第1幕では少々荒い歌いぶりだったが声の伸びは終始衰えず、「ローマ語り」も立派に聴かせる。メルベートは清らかな声でエリーザベトにぴったり。発声にも無理がなく安心して聴ける。ワトソンは明るい声と奔放な歌いぶり、妖艶と言うよりプレイメイトを思わせる健康的なヴェーヌス。ガートナーはセルゲイ・レイフェルクスを思わせる明るいだみ声で最初は違和感があったのだが、第3幕冒頭のソロには泣けた。チャマーは存在感と威厳のあるヘルマンで舞台全体を引き締める。
 オーギャン指揮の東フィルは速めのテンポで、スムーズな流れの中でもしっかり歌っていた。例えば第2幕の大行進曲の後、普通なら次のヘルマンのソロが始まるまでふっと気が抜ける所なのだが、さりげなく雄弁な演奏で、思わず耳が引き込まれる。第2幕幕切れの音楽も充実した響きでホロリと来る。歌手たちとのバランスもいい。合唱は場面によって声の出方に少しムラがあったが、全体的にはまずまず。

 レーマンの演出は伝統的な手法を基本としつつ一工夫加えようとしているのかと思ったが、中途半端に見える。例えばヴェーヌスはタンホイザーの帰郷を仕組んだのかと思わせ、エリーザベトは日本のアイドルを思わせる無知・無邪気な女性として描く。いずれも最後の場面への伏線かと期待したが、結局何も起こらず。

 しかしこの日最も残念だったのは、新芸術監督の姿を客席でしか見られなかったこと。マエストロ、遠慮は要りません。あなたの劇場なのですから、どうぞ好きな演目を好きなだけ振って下さい。ピットでお姿を拝見するのを心待ちにしております。

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