チューリッヒ歌劇場「ばらの騎士」(3回公演の2回目)
○2007年9月4日(火) 18:00〜22:35
○Bunkamuraオーチャードホール
○3階1列24番(3階最前列ほぼ中央)
○元帥夫人=ニーナ・シュテンメ、オックス男爵=アルフレッド・ムフ、オクタヴィアン=ヴェッセリーナ・カサロヴァ、ゾフィ=マリン・ハルテリウス、ファニナル=ロルフ・ハウンシュタイン、マリアンネ=クリスティアーネ・コール、ヴァルツァッキ=ルドルフ・シャシング、アンニーナ=キスマーラ・ペサティ、テノール歌手=ピョートル・ベチャーラ他
○フランツ・ウェルザー・メスト指揮チューリッヒ歌劇場管(12-12-8-8-6)、同合唱団・同エキストラ協会・NHK児童合唱団
○スヴェン・エリック・ベヒトルフ演出

男も女もみな同じようなものか?

 「ばら戦争」第二弾はチューリッヒ歌劇場の初来日公演。グルベローヴァが歌ったりアーノンクールが振ったりするなどスイスの中ではダントツに国際的評価の高い歌劇場で、ビデオ・DVDを通じて日本のオペラ・ファンの間でもかなり支持者がおり、待望の来日と言っていいだろう。ほぼ満席の入り。

 ベヒトルフの演出は突っ込み所が多いという意味では面白い。
 第1幕、幕が上がると天井まで届く格子状の窓が上手奥の端から下手手前の端まで弧を描くように連なっている。なぜか室内には枯れ木が三本、上手手前の端には暖炉、その上の壁に色とりどりの小鳥の剥製が何羽も飾られている。
 侯爵夫人は上手奥の窓を開け、背中を客席側に向けワンピースの下着姿で立っている。オクタヴィアンは中央手前の寝所、と言ってもベッドではなく床の上に布団とシーツが直に敷いてあるだけだが、そこに座っている。
 モハメッドが現れる前、オクタヴィアンは下手手前のテーブルの下に隠れるが、剣を上に置きっぱなしなので夫人があわてて布団の下に隠す。オックスが現れる前にもいったんテーブル下に隠れるがすぐに出て花柄のシーツを引っつかんで暖炉の中に隠れる。そうとは気付かぬ夫人は相変わらずテーブル下に向かって歌い続ける。しばらくするとオクタヴィアンはシーツを身体に巻いて左肩で結び、頭には白いターバンを巻いて登場。オックスとともに入ってくる執事・召使たちもアラビア風の出で立ち。赤いアラビア服のモハメッドも再登場。
 執事は心得たもので、再びテーブルの上に置きっぱなしの剣を当然のように持って出て行く。オックスが夫人と中央に並んで座り一方的にしゃべり続ける間、マリアンデル(オクタヴィアン)はモハメッドに耳打ち。モハメッドが新しいテーブルクロスを持ってくると、オクタヴィアンは古いテーブルクロスとテーブル下の自分の衣裳とを一緒にくるんでモハメッドに持って行かせる。再び戻ってきたモハメッドは中央奥の窓辺に置かれたチンパンジーと女の子の人形で遊んでいるが、オックスが結婚の話をし出すとなぜか人形を持ってオックスの前に立ち、彼に渡す。彼は初夜の話をしながらチンパンジーと女の子の人形でセックスさせる。夫人はモハメッドを抱いてその光景を見せない。マリアンデルは大急ぎで何回も十字を切る。
 陳情者たちは上手奥の窓を開けて入ってくる。夫人は下手端から退場し、上手奥端からあやめ?の花模様が入ったガウンを羽織って再登場。上手手前でしばらくは彼らの言い分を聞いているが、次第に邪魔になり、ついに札束を空中にばら巻いて帰らせる。
 頭に帆船を乗せた美容師に髪を結わせる間、フルート奏者が高さ2メートルはある箱を運んでくる。夫人が封印を切ると上半分が開き、テノール歌手が上半身だけ現れる。機械仕掛けの人形。歌う間夫人が上げている右手を下ろすと左手が上がる。左手を下ろすと右手は上がらず胸の前に両手を揃える。夫人は聴き惚れたのか、人形の下でうっとりと寝そべるが執事にすぐ抱き起こされる。歌い終わるとぜんまいが切れたのか、うなだれる。しかし、公証人の説明が気に入らないオックスが人形の箱を叩くと再び顔を上げて歌い出す。1回目より半音高く歌われるのは叩かれたせいで故障したからということのようだ。また歌手の前にあるチェスの駒をオックスが動かすと歌手もちゃんと相手をする。オックスが契約書を床に叩きつけると歌も途切れる。
 美容師は夫人の頭に黒いヴェールとトンボを2匹配置した髪飾りを付けるが、夫人が嫌うのではずしてしまう。オックスが去る直前レオポルドがやってきて暖炉の上の小鳥をくすねようとする。オックスたちが去ると夫人は一人中央の椅子に座ってモノローグを歌う。オクタヴィアンの上着には赤いばらが散りばめられている。夫人は彼に言い寄られるのがうっとうしく、下手側の椅子に移る。オクタヴィアンが去った後夫人はキスし忘れたのに気付いて立ち上がり、暖炉の上にある呼び鈴を取りに行くが、その際テーブルクロスを引きずってはずしてしまう。モハメッドに銀のばらを渡して召使たちとともに去らせた後、一人中央で仰向けに寝る。朝なのに窓の網戸が下手側から順次閉められていく。夫人はオクタヴィアンとの逢瀬を思い出すかのように右手を上げるが、最後は身体を丸めて心を閉ざしてしまう。上の席からは片付けられず床に残された封印が気になる。

 第2幕、ファニナル家の厨房。テーブルが横2、縦3に並べられ、下手端にはコンロが並ぶ。天井から狩で獲ったらしきキジがたくさん吊り下げられている。みな食事の準備に忙しい。下手側のテーブルにいる者たちは青い(!)肉を挽いたり刻んだりしているが、エプロン姿のゾフィは上手手前のテーブルでシュニッツェルの下準備。厨房奥の壁には「F」のイニシャル入りの皿がずらりと並び、その上には半円形の窓。ガラスが曇っているのか外がぼんやり見える。ファニナルも最初はコック帽をかぶっている。
 冒頭の場面としては納得できるが、まさかここでばらを渡すの?と思っていたら、ほんとにオクタヴィアンが入ってくる。ただしお付きは腰の曲がった老従者のみ。しかも肝腎のゾフィはその前に上手端のドアの奥に隠れてしまう。オクタヴィアンがドアをノックするとゾフィは少しだけ開けてばらを受け取ってすぐ閉めてしまうが、ばらの匂いで緊張がほぐれたか、やっと開けて厨房に戻ってくる。その間厨房にいる者たちはマリアンネ以外そのやり取りに関心を払わず黙々と作業を続けている。いかに当時の貴族のしきたりが形骸化していたかを示そうとしているようだ。
 花婿が来るというのでゾフィはエプロンをはずして中央手前で客席に背を向けてしゃがんで待つが、中央奥に現れたオックスを見るやずっこけてしまう。その後のオックスとファニナル、ゾフィ、オクタヴィアン、マリアンネとのやり取りの間も厨房の者たちは作業を続けている。オックスがワルツを歌い出すと、窓の外で待機していた老従者も踊り出すが、案の定腰を痛めてしまう。レオポルトたちが侍女たちを追い回すと厨房の者たちもさすがに仕事が手に付かなくなり、逃げ出してしまう。
 二人きりになったオクタヴィアンとゾフィは抱き合うだけでなく早くもキスまで交わす。それを窓の外からヴァルツァッキ、上手端からアンニーナが見咎め、二人の背後に回ってついに引き離す。オクタヴィアンは剣の代わりにテーブルの上の果物ナイフを取り上げてオックスに決闘を迫る。そして腕ではなく左足の甲を刺す。オックスは足を引きずり、やっとのことで上手中央のテーブルに横たわる。結婚を嫌がるゾフィに怒るファニナルは下手中央のテーブルにある肉挽き機をしつこく回す。ファニナルに別れの挨拶をしたオクタヴィアンはヴァルツァッキとアンニーナを連れ出す。
 オックスが何度も求める医者はとうとう現れない。そこでオックスの医者に対するセリフ(「羽毛布団を用意しろ」など)は戻ってきたヴァルツァッキに向かって歌われる。ヴァルツァッキは上手手前のテーブルに銀のばらを入れた箱が置きっぱなしなのに気付いてくすねようとするが、下手中央のテーブルに移動してワインを飲むオックスの目が気になり、結局中央手前の椅子の上に置いたまま去ってしまう。マリアンデルからの手紙を受け取って上機嫌のオックスは再び上手側のテーブルに寝転がってワルツを歌う。すると老従者が入ってきて椅子の上の銀のばらを見つける。遠い昔の自分の結婚を思い出したらしい彼はワルツに合わせてまた踊るがやがて椅子にへたり込み、ばらを床に落としてしまう。

 第3幕、第1幕と同じ舞台だが中央にアラビア風の円形の布が敷かれている。それが引き上げられると天蓋風のテントになり、そこがマリアンデルとの食事の部屋になる。テントの下に花の描かれた衝立が置かれ、その前にテーブルと椅子2脚。衝立の奥が寝所という設定。舞台上の音楽はテープ演奏のようだ。料理屋の店主や給仕たちはみな虫の格好をしている。マリアンデルは銀色の三日月を頭にかぶっている。
 マリアンデルは衝立の後ろから枕を持ってきてオックスに問い詰める。やがて衝立の奥から骸骨模様の服を着た者たちがオックスとマリアンデルを取り囲む。その後マリアンデルは悪酔いした振りをして枕に頭を乗せて横になる。アンニーナも衝立奥から登場、子どもたちは舞台奥から蝶の羽根を付けてオックスに走り寄る。そこまではいいが、ファニナルやゾフィまで寝所があるはずの衝立奥から登場する。
 夫人は黒地に赤いばらを散りばめた衣裳で登場、下手手前の椅子に座る。騎士姿に戻ったオクタヴィアンは三日月の冠を付けたままだが、夫人が仮装のことを明かすとオックスにはずされる。夫人の「ジョークは終わり」の後テントは下ろされる。舞台上にはいつの間にか骸骨たちが置いた白カバーのかかった椅子が数脚バラバラに置かれている。上手手前端にゾフィ、下手手前端に夫人、その少し後ろにオクタヴィアン、中央にオックスが座る。再三立ち去るように言っても理解しないオックスに夫人は駆け寄って胸を両手で叩く。それをオクタヴィアンがなだめて引き離す。
 オックスが勘定を請求する人々に追われてようやく去った後、オクタヴィアンは夫人の近くに座っているが、夫人に促されてゾフィの元へ向かう。彼を避けようと椅子から立ち上がり、父の元へ行こうと奥へ向かうゾフィにオクタヴィアンは「ここにいてくれ」と声をかける。しかしゾフィが振り向いたその瞬間オクタヴィアンは夫人に向かって「何か言いましたか?」と歌うので二人の視線は合わない。それでもゾフィは上手端の椅子に戻って座る。その後の夫人とゾフィのやり取りは舞台両端の椅子に座った状態で歌われる。
 三重唱が始まるとオクタヴィアンとゾフィは徐々に中央へ寄ってくるが、まだ微妙に離れている。夫人は立ち上がって後方へ移動し、二人の背後から近付き、二人の腕を取って手を握らせ"In Gottes Namen"と歌う。その後暖炉の手前で倒れるが二人に起こされ、両腕で二人を抱擁する。
 オクタヴィアンとゾフィが二重唱の前半を歌った後、ゾフィは椅子に座りオクタヴィアンは彼女のひざにすがりつく。その様子を見てファニナルが「若い者たちはこうしたものですな」と歌う。二人は立ち上がって二重唱の後半を歌った後、手を取り合って上手奥へ向かうがオクタヴィアンは途中で手を離して中央へ向かう。ゾフィが戻って彼の手を取って上手奥端へ退場。
 モハメッドは探し物をしに戻ってくる。夫人のショールが落ちているのでそれを取りに来たのかと思ったがそうではなく、窓の裏から透けて見える夫人の姿を見つけ、その右手に自分の手を合わせるところで暗転に。

 侯爵夫人は気品と威厳に満ちた姿で描かれるのが普通だが、この演出では大胆な行動を見せるだけでなく、第3幕で「男なんてみな同じ」と歌い、断腸の思いでオクタヴィアンと別れたように見せながら、最後の場面ではもうモハメッドを誘惑?するようなしたたかさも見せる。三重唱最後のセリフ"In Gottes Namen"を「好きにしたらいいわ」と訳しているのも、このような演出の方針に合わせたものかもしれない。
 これに対しオクタヴィアンとゾフィのカップルについても、主導権を握るのはゾフィであることを示している。2人の女性を強く描いた分、オクタヴィアンの影が薄くなっている。それどころか彼としては「女だってみな同じ」と言いたい心境ではないだろうか。この3人の描き方に演出家のこだわりが際立ったのに比べると、オックスの描き方はオーソドックス。

 シュテンメは第1幕後半やや声が荒れたが、第3幕では気品と威厳を備えた歌いぶり。カサロヴァが第2幕まで不調で、中低音は響かず高音は力が入り過ぎ。第2幕ばらの献呈場面の出だしなど1オクターブ下からずり上がるような歌い方でハラハラする。でも第3幕は俄然よくなった。特に三重唱手前の1回目の「マリー・テレーズ」が僕の涙腺を直撃し、そこから三重唱が終わるまでたっぷり泣かせてもらった。ハルテリウスは第2幕では暗い声質なので役柄に合ってないように感じたが、第3幕では声が伸び、芯の強いゾフィ像を聴かせた。ムフは超低音も余裕で響かせ、全体的な歌いぶりでは最も安定していた。ハウンシュタインも明るめの声がよく通り、舞台を引き締めていた。

 メストは最初のうちは快速テンポだったが、第1幕オックスがばらの騎士を夫人に相談する場面や第3幕冒頭など、かなりテンポを落とす場面も見られた。しかし遅いテンポになっても音楽の流れに全く淀みがない。金管や打楽器がアクセントを付けて鳴らす場面でもなめらかさが失われない。第1幕では弦の響きが薄く感じられることもあったが、薄味の中にもだんだんコクが出てくる。欲を言えば、暑苦しくない反面もう少し匂い立つような響きもほしかった。

 主な4役のカーテンコールの順序が通常と異なり、ゾフィー→夫人→オックス→オクタヴィアンになっていた。

 第3幕のみ皇后様がご鑑賞。客席とオケピットから大きな拍手を受けていた。

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