新国立劇場「ファルスタッフ」(4回公演の初回)
○2007年6月13日(水) 18:30〜21:10
○新国立劇場オペラ劇場
○1階22列18番(1階最後列ほぼ中央)
○ファルスタッフ=アラン・タイタス、フォード=ヴォルフガング・ブレンデル、フォード夫人アリーチェ=セレーナ・ファルノッキア、クイックリー夫人=カラン・アームストロング、ナンネッタ=中村恵理、フェントン=樋口達哉他
○ダン・エッティンガー指揮東フィル(14-12-10-8-6)、新国合唱団(30-30)
○ジョナサン・ミラー演出

ノヴォラツスキー芸術監督の成果と限界

 4シーズンにわたったノヴォラツスキー芸術監督によるプロダクションもいよいよ最後。2003〜2004年シーズンに初演した「ファルスタッフ」の再演。ほぼ満席の入り。

 舞台の上から見るとT字型の壁を上手と下手に配置し、その壁を回転させて様々に組合せながら場面を作っていく。その上には逆V字型に吊るされた壁があり、ところどころに枯れ草の茂る荒地が描かれている。
 第1幕第1場、ファルスタッフは中央下手寄りのテーブル前のベンチにふんぞり返っている。バルドルフォは下手端の暖炉の前で小姓とじゃれたりチェッカーで遊んだりしている。恋文を配達するのを拒否されたファルスタッフは剣を抜いてバルドルフォとピストーラを追い回し、2人は上手端の扉から逃げ出す。
 同第2場、中央下手寄りの壁に植え込み。女たちは上手側、男たちは下手側でそれぞれファルスタッフを懲らしめる相談をし、フェントンとナンネッタはその合い間に植え込みを挟んで見つめ合い、隙を見て寄り添う。
 第2幕第1場は第1幕第1場とほぼ同じ。クイックリー夫人はファルスタッフの隣りに座ってアリーチェからの返事を伝える。クイックリー夫人と入れ違いにやってきたフォンターナ(フォード)は暖炉の前の丸椅子に座る。ファルスタッフも隣りに座って悩みを聞いてやる。
 同第2場、下手端に衝立、中央に天蓋付ベッド、その手前に椅子、上手端に洗濯かご。アリーチェは中央手前の椅子に座ってマンドリンを弾きながらファルスタッフの気を引くが、メグの訪問を知らされると下手端の衝立の後ろに彼を隠す。フォードたちが踏み込んでくると、夫人たちは隙を見て彼を洗濯かごの所へ移動させる。彼は背中から落ちるようにかごの中へ。お見事!衝立の陰には入れ替わりにフェントンとナンネッタが隠れる。そこが怪しいと感づいたフォードたちは全員匍匐前進の体勢でそろりそろりと近付いていく。しかし、バルドルフォとピストーラが大声を上げて入ってくると、「だるまさんがころんだ」みたいに慌てて後ずさりし、再び匍匐前進し始める。このあたりのアニメ風の動きがいかにもミラーらしくて笑える。ついに衝立を倒すとフェントンとナンネッタが抱き合っている。フォード激怒、2人は反対方向へ逃げる。さらにファルスタッフを探す間に夫人たちは洗濯かごを男たちに運ばせ、下手奥の窓にやっとのことで持ち上げ、90度外側に傾けて中身を川へ捨てる。
 第3幕第1場、第1幕第1場とほぼ同じだが、中央上手寄りに巨大な壷が置かれている。ファルスタッフはオケピットから舞台によじ登る。クイックリー夫人が再び彼にアリーチェからのメッセージを伝える間、他の夫人やフォードたちは壷の陰に隠れて盗み聞きしている。一同退場した後下手側の扉からバルドルフォとピストーラが現れ、握手した後何か話そうとするがそこで幕が下りる。
 同第2場、大木の上と下を切り取った幹が8本立てられている。ファルスタッフは奥から登場、中央手前の幹の前でアリーチェを口説こうとするが、妖精たちが集まってくることを知らされると幹の奥に隠れる。妖精たちが集まり、再び幹の手前に現れたファルスタッフは地面に転がされ、突かれる。一同の計略が彼にもわかった後、フォードが娘の婚約を発表しようとすると、上手側に人々のアーチができ、カイウスと変装したバルドルフォが登場、アリーチェの紹介で下手側にもアーチができ、ヴェールを被ったナンネッタとフェントンが登場。アリーチェにしてやられたフォードはプロンプター・ボックスの上にへたり込む。ナンネッタとフェントンの結婚を許し、一同祝宴のため奥へ引き上げようとするが、中央に1人残ったファルスタッフがフーガを歌い始めると一同再び集まる。終盤、ファルスタッフはプロンプター・ボックスから出されたスコアを確認した上で最後の一節を歌い始める。歌い終わって一同が去った後、クイックリー夫人がファルスタッフに寄り添い、お尻をたたいて励ましながら奥へ下がっていく様子を背中姿で見せる。実は騎士殿に気があったのは彼女だったのかも。

 タイタスは明るい声がよく伸び、演技も達者なところを見せる。ブレンデルもオペレッタでの経験を十分に生かしたコミカルな歌いぶりと仕草が面白い。ファルノッキアは若々しい声だが色気たっぷりの歌いぶり。アームストロングは安定した声で演技も含めベテランの味を見せる。中村のまっすぐ伸びるさわやかな声が心に残る。樋口は誠実な歌いぶりだがところどころ音程が不安定なのが惜しい。
 エッティンガー指揮の東フィルは冒頭からガンガン鳴らすのでびっくり。第2幕フォードの独白や第3幕ナンネッタの「妖精の女王の歌」など声とのバランスがうまく取れている部分もあるのだが、ドタバタの場面になると歌手たちに関係なくオケを鳴らしている感じで、どうもまとまらない。

 ノヴォラツスキー芸術監督時代の演目は結局最後の1シーズンしか観られなかった。限られた演目を観た印象で断じてはいけないのかもしれないが、この日の公演は彼の成果と限界を象徴していたように思えてならない。「オランダ人」や先日の「ばらの騎士」に代表されるように、ドイツ物ではどこへ出しても恥しくない公演が続いた一方で、歌劇場のレパートリーの中心を占めるイタリア・オペラで明確な方向性を結局打ち出せなかったような気がする。
 今回の配役で言えば、ウィーンやミュンヘンの歌劇場と比べればそれほど遜色ないと思うが、毎年のようにイタリアの歌劇場が来日する東京の歌劇場における配役としては果たしてどうだったのか?イタリア出身のファルノッキアのイタリア語が生き生きと響いたのは当然にしても、重唱になると言葉の歯切れが悪くなってしまうのは配役の影響がないとは言えない。それより演技を優先したということか?
 もう一つ気になったのは、就任当初からの課題であった日本人歌手たちとの関係。初演時に比べ外国人から日本人に変わったのはカイウス役だけ。先日の日経新聞でのインタビューでは何人も具体的な名前を挙げて評価していたにもかかわらず、もう1人か2人主役クラスで日本人を抜擢できなかったのか?自分が去った後自分が創ったプロダクションを日本人歌手たちにこう歌い続けてほしい、というメッセージが伝わらなかったのも残念である。
 ただ、日本の国立歌劇場をどう運営すべきかについて、他ならぬ日本の聴衆が真剣に考えるよう常に問題提起してくれたことには感謝しなければならない。若杉新監督がこれまでをどう振り返り、来シーズン以降どうしていくのか、それは僕たち1人1人に残された問いでもあるのだ。
 ノヴォラツスキー監督、お疲れ様でした。これからの新国の行く末をどうか温かい目で見守っていただくことを希望しております。
 

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