昭和音楽大学新百合ヶ丘キャンパス オープニング記念「愛の妙薬」(2回公演の初回)
○2007年4月28日(土) 17:30〜20:10
○テアトロ・ジーリオ・ショウワ
○1階14列17番(1階10列目ほぼ中央)
○アディーナ=光岡暁恵、ネモリーノ=小山陽二郎、ドゥルカマーラ=三浦克次、ベルコーレ=折江忠道、ジャンネッタ=廣田美穂
○松下京介指揮SHOWA ACADEMIA MUSICA管(10-8-6-5-4)、同合唱団(27-18)
○馬場紀雄演出

「わが街のオペラハウス」を手に入れた幸せ

 ここ数年、いわゆる「多目的ホール」でない本格的な音楽ホールが、東京の中心部だけでなく郊外にもたくさん建設されてきた。しかし、小田急線本厚木駅から車で10分以上行った先にあった昭和音楽大学の新百合ヶ丘移転には、これまでとは違った意味合いを持っている。
 駅の南口バスターミナル上の歩道橋の先に位置する新しいキャンパスには、二つの新しいホールが備えられている。一つは主に学生の演奏発表用に作られた約350席の「ユリホール」、もう一つは約1,300席の「劇場仕様の講堂」、テアトロ・ジーリオ・ショウワである。特に後者はオペラ、バレエ、ミュージカルといった舞台芸術を上演する設備も備えた、郊外の音楽ホールとしてはほとんど例を見ないものである。そのオープニング公演へ。もちろんほぼ満席の入り。
 3階まで客席はあるが馬蹄形でステージに向き合っており、それだけで「オペラ観に来たぞー」という気分が高まる。

 舞台はイタリアの田舎町を思わせる伝統的なもの。第1幕第1場、下手奥に屋敷、上手には馬小屋。洗濯物を干す娘たちの所へ2人の男が走ってきてシャツを脱ぎ、洗い終えた服の入ったかごに投げ入れて去ってゆく。娘たちは汗臭いシャツに鼻をつまむ。アディーナはそんなドタバタを気にも留めず下手中央で本を読んでいる。トリスタンの話を聞かせようと前方中央に移動したアディーナを村の男女が取り囲むが、ネモリーノはその中に入れてもらえない。ベルコーレ率いる兵隊は運動会よろしく背の低い順に並んでおり、特に前の2人はベルコーレに似た小太り体型。うち1人が花束を持っている。兵士たちが娘たちを物色した後戻ってきて上官に報告、その情報を元に?ベルコーレは花束を持つ。ジャンネッタが自分にくれるものと思って彼に近寄るが、それを無視して彼はアディーナに渡す。彼女に求婚したベルコーレは椅子に座って部下たちに肩をもませる。それを見て男たちがネモリーノも椅子に座らせ、セコンドのように励まし、ボクシングの指導をしてベルコーレに立ち向かわせるが、彼の目前でパンチを出そうとした腕で頭をかいて通り過ぎてしまう。アディーナはネモリーノとの二重唱の後トリスタン物語の本を彼に渡して退場。
 第2場、村の広場。上手に居酒屋。ドゥルカマーラは馬車に乗って登場。カーテンの奥から外の様子をチラチラ覗いている。姿を見せると赤尽くしの衣裳。助手は3人とも女性で、うち2人はダンサー、1人は生でトランペットを吹く。ネモリーノの希望に対し、助手たちは安ワインを薬の容器に移し替えてドゥルカマーラに渡す。ネモリーノは、アディーナに出会うと薬を帽子に隠しながら歌う。アディーナがベルコーレと今夜結婚することに決めるとネモリーノは動揺、居酒屋のテーブルの上に立ってドゥルカマーラを呼ぶと2階の窓から彼が現れ、ワインをグラスに入れて渡そうとするが届かない。村人たちはベルコーレとアディーナを囲んで奥へ退場、ネモリーノは1人舞台中央で絶望に打ちひしがれる。

 第2幕第1場、屋敷と馬小屋の間にひもが渡されて提灯が吊るされ、中央奥のテーブルにご馳走が並ぶ。アディーナは青い服に白のヴェールを頭にのせている。ドゥルカマーラが歌う舟歌の題名、字幕では"Senator Tredenti"を「三本歯議員」と訳し、彼も出っ歯の仕草をして見せる。前半はトランペット吹きだった助手がマンドリンに持ち替え、アディーナを歌わせてもう1人の助手とドゥルカマーラがそれに合わせて踊る。後半は彼とアディーナが踊るが、やきもちを焼いたベルコーレの怒りを買う。
 ネモリーノは入隊誓約書にサインして金をもらうと、入隊を歓迎して敬礼するベルコーレたちの間をすり抜けてドゥルカマーラのいる居酒屋へ駆け出す。
 第2場は村の広場。夜中で暗い街灯の明かりしかない中でジャンネッタと娘たちの合唱。上手奥から泥酔状態で登場したネモリーノを取り囲み、みなで求愛した後中央奥へ退場。ドゥルカマーラはアディーナ用に新しい「薬」を売り付けようとするが、彼女が断ってネモリーノを追って退場すると、自分で飲み干してしまう。「人知れぬ涙」の後中央奥から登場したアディーナ、白い服に着替えている。ようやく結ばれて抱き合う2人を邪魔するようにベルコーレたち登場。アディーナに振られたと知った彼はさっさとジャンネッタに乗り換え。ドゥルカマーラの馬車をみな見送る一方で、娘たちは抱き合うアディーナとネモリーノに紙吹雪の祝福。馬場の演出は歌っている以外の人物にも様々な動きをさせていて、うっかり目が離せない。

 光岡は第2幕第2場ドゥルカマーラとの二重唱で声を回すようになってから歌いぶりが格段にスムーズになった。小山は終始安定した明るい声でハイCもすばらしい伸び。弱気で人の善いネモリーノにぴったし。一目見ただけでインチキそうな三浦のドゥルカマーラ、一目見ただけで傲慢そうな折江のベルコーレ、この2人がベテランにふさわしい歌と演技で舞台を大いに盛り上げる。廣田のジャンネッタは高音がよく伸び、元気よく娘たちを引っ張る。
 オケと合唱、ダンサーなどの助演は学生が担当したのだが、演奏水準の高さに驚く。特に第2幕ネモリーノとベルコーレの二重唱以降、松下の若々しい指揮の下歌とオケとの間の一体感が徐々に強まっていくのが感じられ、アディーナとネモリーノが結ばれる場面ではホロリときた。
 東京文化会館の半分程度の客席数しかない劇場で演じられるオペラは実に親しみやすく、心地よいものである。音楽も演技も「冷めない」距離に全ての客席があり、聴衆の反応もよりストレートに舞台へ返っていくような気がする。特に「愛の妙薬」のような軽い内容で少人数のソリスト、小規模なオケでできるオペラには最適である。モーツァルトを是非聴いてみたい。
 そんな素敵な劇場が僕の家から30分の所にできたのだ。住所上同じ市ではないけれど、僕はこの劇場を「わが街のオペラハウス」と呼びたい。

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