ラヘル・ハルニシュ(S)+クラウディオ・アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団
○10月13日(金) 19:00〜21:35
○サントリー・ホール
○2階P7列34番(2階ステージ後方最後列、下手端から6席目)
○モーツァルト「わが愛しの希望よ!〜ああ、そなたにはどんな苦しみかわかるまい」K.416
  同「ああ、できるならあなたにご説明したいものです」K.418
  同「わが感謝をお受け下さい、やさしき保護者よ」K.383(
以上3曲、10-8-6-4-3)
 マーラー「交響曲第6番イ短調」(悲劇的)(18-18-16-16-10)(約83分)(第1楽章提示部繰り返し、スケルツォと緩徐楽章を入替)
 (下手から1V−2V−Vc−Va、CbはVcの後方)

スター軍団の栄光と苦悩

 ルツェルン音楽祭と言えば、クラシック音楽ファンの間ではバイロイト、ザルツブルグと並んで「ヨーロッパ三大音楽祭」と呼んでもいいくらい、スター級の演奏家・団体が集まる音楽祭として知られている。NHKFMの放送でカラヤン、アバド指揮のベルリン・フィルやウィーン・フィル、ポリーニ、ツィメルマンなどの演奏を楽しみにしていたファンも多いことと思う。
 そのルツェルンで2003年にアバドが結成した祝祭管弦楽団が初来日。クラシック・ファンにとってはこの秋最大のイベント。ほぼ満席の入り。

 ハルニシュはスイス出身の若手ソプラノ。モーツァルト・イヤーにちなんで普段あまり演奏されないアリアを取り上げる。でもアバドは当然のように暗譜で振る。1曲目はハイCの上のF、2曲目はハイCの上のEが要求される難曲。GやAあたりの声が上あごの奥あたりで鳴っている感じで、この発声でそんな高音が出るのだろうかと少々心配になる。しかし、そこから上になるときれいに響きが伸び、正確な音程を刻む。硬めでみずみずしい声質も魅力的。3曲目には、前の2曲の興奮を静めるかのような癒しの歌を聴かせる。

 後半のステージにはほとんど限界と思えるほどの奏者が並ぶ。少なくともオケの演奏会で弦楽器奏者がこんなにたくさん並んだのはサントリーホール始まって以来では?
 しかも、その顔触れが豪華じゃあーりませんか。コリア・ブラッハーがコンマス、ヴォルフラム・クリストがヴィオラ首席、マリオ・ブルネロがチェロ首席、アロイス・ポッシュがコントラバス首席、ザビーネ・マイヤーとその仲間たちが木管・ホルンを固め、ライオン髪のラインホルト・フリードリヒがトランペットなどなど、綺羅星のごときスター・プレーヤーが並び、その周りをマーラー・チェンバー・オーケストラなどの若手演奏家が支える。
 いつもの?野球にたとえれば、1番から9番までホームランバッターが並び、松坂、川上クラスの剛速球・先発完投型投手を10人くらい揃え、大学・社会人ドラフト1位クラスの即戦力に斎藤、田中クラスの超高校級選手がベンチに控える。ナベツネさんやスタインブレナーが理想とするメンバーといったところか?
 そんな彼らが野球、いや演奏するとどうなるか?ソロ奏者たちは初球からブンブン振り回し場外ホームランを連発、あるいは藤川並みの手元で伸びるストレート一本で三振の山を築く。それ以外の奏者たちは「アバド監督のためならたとえ火の中水の中、ワンポイント・リリーフでも偵察要員でも代打の代打でベンチに下がっても構いまへん、しゃーから私を使って!」との意欲みなぎる演奏(どんな演奏や!)
 普通マーラーの大曲でそんなプレー、いや演奏をすると途中でバテてしまうと思うのだが、百戦錬磨のソリストたちとアバド親衛隊にそんなことが起こるはずもない。試合はコールドにすらさせてもらえず10,000対0、打つ方は全員ホームラン、投げる方は完全試合でゲームセット。

 最初はあまりの迫力と巧さに圧倒されるばかりだったが、そのうち別の感情に襲われるようになった。マーラーのスコアって確か背筋が寒くなったり、言いようのない不安に襲われたり、夢見るような気分にさせられたり、幼い頃を思い出したりするような箇所があちこちにあったんじゃなかったっけ?
 実はそんなフレーズはソリストの名人芸によって天上の音楽に変えられ、耳をつんざくような金管の上昇音階は周囲の分厚い響きに優しく包まれ、耳を澄まさないと聴こえないようなピアニシモはハッブル宇宙望遠鏡で拡大されてくっきりはっきり響いていたのだ。
 ずーーっとホームラン打ちっぱなし、剛速球投げっぱなしのような野球だと、たまにはバントや振り逃げや時速90キロのカーブを観たくなる。全くもって聴衆とは勝手なものである(お前だけや!)。

 最後のピツィカートが鳴る。アバドが腕を下ろしても数十秒の沈黙。今夜の聴衆にもブラヴォー!オケの団員が解散した後も拍手は止まず、アバドが2回ステージに呼び出された。しばらくお目にかからなかった光景。

 

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