東京二期会「フィガロの結婚」(4回公演の初日)
○2006年9月16日(土) 17:00〜20:30
○オーチャード・ホール(渋谷)
○3階1列21番(3階中央1列目、ほぼ中央)
○フィガロ=山下浩司、スザンナ=薗田真木子、アルマヴィーヴァ伯爵=黒田博、伯爵夫人=佐々木典子、ケルビーノ=林美智子、バルトロ=鹿野由之、マルチェリーナ=竹本節子、バジリオ=経種廉彦、バルバリーナ=赤星啓子他
○マンフレッド・ホーネック指揮読響(10-10-8-6-4)、二期会合唱団(6-11)
○宮本亜門演出

もっと笑える「フィガロ」を

 2002年に話題を呼んだ宮本亜門演出の「フィガロ」がモーツァルト生誕250年記念で再演。前回は在米中で観られなかった上今回はお気に入りの黒田博さんが伯爵役という訳で久しぶりにオーチャードへ。渋谷の街並もいろいろ変わっているが相変わらず若者でごった返している。9割以上の入り。

 読響がオケピットに入るのは珍しいが、冒頭からシャキシャキした音楽で耳に心地よい。幕が開くと門構え型の白い枠が手前から3つ重ねられている。フィガロの新しい部屋の枠は最も小さく、中央に白布をかぶせた背の高い椅子、その手前にコーヒー・テーブル。奥の壁には中央に高い扉、それを挟んでほぼ背の高さの真四角の戸が一対。
 第1幕第1場、スザンナはフィガロの物差しを奪い取ってようやく花冠に注意を向けさせる。第4場、バルトロはアリアが終わった後も部屋に残り、マルチェリーナとスザンナのやり取りを見守る。スザンナが1回目に"l'eta!"(お歳!)と歌うところで怖くなったか、ソファの後ろに避難。しかし、その後はスザンナの背後から2人のやり取りを覗いた後退場。第5場、退場したマルチェリーナにスザンナが部屋の外まで出て悪態をついている隙にケルビーノ入ってくる。ケルビーノとスザンナのやり取りを外壁のてっぺんからバジリオが覗く。第6場、伯爵が部屋に入った後しばらくしてバジリオは上手側の壁の外から歌う。つまり通りがかりでなく意図してスザンナの部屋に近づいている。第7場、バジリオが部屋に入るとスザンナはカバーだけでなく夫人の洗濯物まで椅子にかけて2人を隠そうとする。第8場、村人たちが入ってくると、フィガロは伯爵を椅子に座らせる。車が付いていて、それを押して村人たちの方を向かせる。村人は伯爵に花を投げる。合唱の2回目では彼らは早々と部屋を出て上手の壁の外側に集まって残りを歌い、退場。フィガロが「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」を歌い出すと伯爵は一旦部屋から出ようとするが、ひょっとして自分のことを歌われているのかと疑い、戻ってフィガロをにらむ。その後物差しを銃代わりに構えたケルビーノが自分に向かって射撃練習をするので、さらに気分を害して退場。

 第2幕は2番目に大きい枠の中に夫人の部屋。奥の壁はアルマヴィーヴァ家の紋章?が埋め込まれた真四角のタイルが敷き詰められているが、中央上方1枚分だけ開いていて空が見える。中央にベッド。夫人のアリアの序奏、スザンナは舞台手前で(透明の)カーテンを開けて光を入れるが夫人に止められて閉める。夫人が歌っている間一旦退場するが朝食を持って再入場。アリアの後舞台は明るくなる。第2場のケルビーノのアリア、最初ベッドに座って聴いていた夫人は部屋の上手端にある椅子に移動して座る。そこへ肩越しにケルビーノが歌うのでだんだん気分が高まり、立ち上がって中央へ逃れるが彼はさらに夫人の正面に立って歌い、ついに夫人は詩を書いた紙を落とす。歌い終わったケルビーノは夫人の足にしがみつく。スザンナ退場後、夫人の言葉に不満のケルビーノは下手端にある椅子を倒して怒りを表す。第3場、その椅子を入ってきた伯爵が元に戻す。伯爵は鍵を誰かに開けさせようと下手側の部屋の外に出て呼ぶが夫人も外に出て連れ戻す。第4場、ケルビーノは第1場でスザンナが開け閉めした(透明の)窓からオケピット内に黒壁で仕切られた通路へ飛び降りる。第5場、伯爵は鉄砲を持って登場。二重唱が終わりきらないうちにスザンナがはたきを持って自分から衣裳部屋(奥の壁のやや下手寄り)を開けて出てくる。伯爵中に入って捜索。白布が飛び交うのが見える。肩に1枚布を引っかけたまま出てくる。第9場、フィガロを交えて四重唱の終盤早くもアントニオが部屋に入ってくる。夫人の肩をたたいて一同気づく。アントニオ、報告が終わると夫人のベッドにずうずうしく座ってワインを飲む。辞令のはんこのことを知らせるのにスザンナはフィガロに向かってくしゃみ。第11場の七重唱、途中までフィガロ派対伯爵派に分かれて歌っているが、終盤になると伯爵と夫人が両端に立ち、その間で他の5人がいがみ合う。

 第3幕、3つの枠が大きい方から奥に向かって並べられ、最奥に壁全体を覆う紋章。その前に鉄砲を持った伯爵が立っている。スザンナ、伯爵との二重唱を歌う間に気付薬を床に放り出す。退場後下手側の壁の外でフィガロに報告するが、壁に耳をそばだてた伯爵に聞かれてしまう。伯爵、アリアの中で怒りのあまり椅子を倒す。第5場、マルチェリーナが母とわかって抱き合うフィガロだが、バルトロが父と知ってさすがに気絶。第11場、花娘たちの間に混ざったケルビーノは夫人に花を直接渡し、キスされる。第14場、婚礼の場面、伯爵と夫人は両端に分かれて座る。村人たちの挨拶の仕方がまちまちで、中には挨拶中の人の前にしゃしゃり出てお辞儀する者も。花娘たちが歌っている途中でフィガロ、彼女たちを伯爵に向かわせる。一同もそれに倣う。スザンナは手紙を伯爵の後ろに放り投げる。伯爵は落としたピンを後で拾うのに成功したように見える。伯爵たちが去った後若い村人たちにケルビーノとバルバリーナが合流。自分たちの結婚式もちゃっかりやってしまおうとするが、アントニオとセヴィリアから帰ってきたバジリオに見つかり、ちりぢりに逃げる。

 第4幕、大きい2つの枠がX型に組み合わされる。下手端にベンチ。フィガロはマルチェリーナのピンをもらってバルバリーナに渡す。マルチェリーナとバジリオのアリアは省略されるがレシタティーヴォは歌われる。バジリオはその後もちょくちょく様子を見に現れる。スザンナはアリアを歌ってから夫人と衣装を交換。マルチェリーナも一緒にいるが、その間にケルビーノに見つけられる。夫人をスザンナと思って近づくケルビーノに対し、スザンナとマルチェリーナは夫人1人残してさっさと逃げてしまう。本来この場にはスザンナの歌う箇所もあるが省略。スザンナは伯爵たちが退場した後改めて登場。フィガロに声をかけるが、うっかり帽子を落としてしまい、フィガロに正体を見破られる。最後の第15場、一件落着となったところで伯爵の合図で村人たちが花火を持って登場、客席にも照明で花火が上がる。歌い終わって一堂退場した後バジリオが1人残って客席に向かって会釈。ひょっとして彼はモーツァルトだったのか?

 黒田さんは以前聴いたフィガロも痛快だったが、伯爵役もぴったし。貴族の衣装が決まるし、怒る場面では持ち味の黒光りする声が効果的、その一方第3幕でスザンナに言い寄るところも本音が出るのに下品にならない。林美智子も初々しい声がよく伸び、愛らしいケルビーノ。竹本節子のマルチェリーナも声に存在感があるだけでなく、丁寧な歌いぶりで重唱のハーモニーを支える。
 ただあとの歌手は残念ながらきちんと声が出ている時とそうでない時があり、特に後者の時はオケに消されかける。山下浩司はもう少し響きを集めてほしい。薗田真木子は声質はスザンナぴったしなのであとはスタミナの問題か。佐々木典子はベテランらしい巧みな節回しを聴かせるが高音が上がりきらない。鹿野由之は音程が不安定。
 
 ホーネックはこの夏ザルツブルグで「コシ・ファン・トゥッテ」を振ったそうだが、モーツァルトの扱いに慣れた感じ。全体的に速めのテンポできびきびと進める一方、ここぞという時には大胆な表現を聴かせる。例えば第3幕伯爵とスザンナの二重唱、"Signor, la donna ognora"(お殿様、女がはいと言うまでには、10〜13小節)でぐっとテンポを落とす。同じく婚礼の場の舞踊音楽ではトリルの後の音に向かって勢いを付けさせる。第4幕終盤、伯爵が夫人に許しを求めるところもゆったり弾かせる。読響もホルンがところどころミスした以外は見事な演奏。

 宮本亜門の演出は普通の舞台と違う動きでなるほどと思わせる部分もある一方、中途半端な動きだったり、こちらが工夫を期待したところで何にも起こらずあれっと思うこともしばしば。例えば、先にも書いた第1幕最後の「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」では結局フィガロの歌の標的が誰なのかはっきりしなくなってしまった。また第2幕の着替えの場面、上着を脱いでシャツ姿のケルビーノにスカートなどをはかせるだけで、エロっぽい動きはなし。第3幕の伯爵とスザンナのやり取りも目立った動きは見られず。せっかくの人気演目なのだから今後も再演を重ね、二期会の十八番となるよう、さらなる演出面の深化を期待したい。

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