ワシントン・ナショナル交響楽団演奏会(3回公演の初回)
○五嶋龍(V)+ウラディミル・アシュケナージ指揮ワシントン・ナショナル交響楽団
○11月10日(木) 19:00〜20:00(前半のみ)
○ケネディ・センター・コンサート・ホール(米国ワシントンDC)
○First Tier A230(3階上手サイド1列目、中央よりやや後ろめ)
○シベリウス「テンペスト」作品109より「前奏曲」「ニンフの舞曲」「幕間の音楽とアリエルの歌」「水の精」「ミランダ」(15-13-11-12-8)
 同「ヴァイオリン協奏曲」作品47(約32分)(14-12-10-8-6、下手から1V-Vc-Va-2V、CbはVcの後方)
 (ラヴェル「クープランの墓」、ルーセル「バッカスとアリアーヌ」第2組曲作品43)

ワシントンの天に昇った若き龍

 五嶋みどりの妹として神童の名をほしいままにし、フジテレビの「オデッセイ」で日本全国の注目を浴びながら成長してきた五嶋龍さん。17歳になった彼が巣立ち後の姿を全世界にお披露目するかのように、NSOデビューを果たす。

 その前にアシュケナージがシベリウスの珍しい作品を演奏。相変わらず小走りに出てきてひょこひょことお辞儀する姿はチャップリンそっくり。嵐のような「前奏曲」、弦のワルツに管の少し不気味な和音がかぶる「ニンフの舞曲」、弱音器を付けた弦が幻想的なメロディを奏でる「幕間の音楽とアリエルの歌」、交響曲第2番第1楽章に似た雰囲気の「水の精」、弦のオクターブ跳躍の繰り返しが印象的な「ミランダ」。小柄な体を縦横に動かしながらオケを引っ張っていく。

 龍さんはジャケット、シャツ、ネクタイ、ズボン全て黒にまとめて登場。第1楽章冒頭からしなやかに伸び、わずかの濁りもない音が美しい。低音も含め線は細いがか弱い感じは全くない。アシュケナージ指揮のオケが「冬は寒いぞ、ブリザードが吹き荒れるし、川も湖も凍りついてしまうぞ」と脅すのだが、龍さんは「でもスノボやスケートができるし、楽しいこともあるじゃん」みたいな感じで応えていく。テンポはさほど遅いとは思わないが、カデンツァの弾き方を観ていてもゆったりしている。終盤オクターブでC-B-A-G-A-B…と遅めに弾き始め、だんだん加速しながら最後へ向かうところなど、誰もいないゲレンデをスノボで滑り降りていくみたいな爽快感がある。
 第2楽章が始まったところでコトッと音がする。肩当てが楽器から外れて床に落ちてしまったのだ。しかし、動じる風もなく拾い上げて肩をすくめるので客席からくすくす笑いが漏れる。危機管理の見事さは姉に劣らない。付け直してすぐ何事もなかったかのようにメロディを奏で始める。ここでもオケがいろいろ挑発してくるが、動じずに息の長い歌を聴かせる。早くも一種の風格が漂う。
 第3楽章、弓の先で付点のリズムを刻みながら、春の訪れを祝って踊る。これに対してオケは「まだまだ冬は終わってないぞ」とばかりに寒波を呼び戻してくる。でも龍さんはそんなことお構いなしに踊り続ける。中盤で口笛風のフレーズを弾く場面ではスイングを入れ、ますます快調。最後は冷え込んだワシントンの夜空を飾る流れ星のようにDの高音を響かせる。よしっとばかりに客席に向かってうなづく。平土間の聴衆は総立ち状態に。

 後半及び演奏後の聴衆との質疑応答も是非聴きたかったのだが、この日は息子を連れてきていたので、やむなくここまでで帰宅。

 残念だったのはこの日の客の入り。半分入ってたかどうか。姉はこちらではもっぱら"Midori"と呼ばれている。"Goto Ryu"と聞いて彼女を思い浮かべるアメリカ人はほとんどいないはずである。でも、この日の聴衆にとっては彼の存在がもう頭から離れなくなったはずである。

 ワシントン及び周辺在住の日本人の皆様、あと2回演奏会があります。龍さんの晴れ姿をどうぞお見逃しなく。

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