R.シュトラウス「ダフネ」(演奏会形式)
○ダフネ=ルネ・フレミング(S)、アポロ=ジョン・フレデリック・ウェスト(T)、ロイキッポス=ロベルト・サッカ(T)、ゲア=アンナ・ラルソン(CA)、ペナイオス=ローベルト・ホル(B)他
○セミョン・ビシュコフ指揮
○ケルン放響(16-16-12-10-8、下手から1V-2V-Va-Vc、CbはVcの上手)、同合唱団(T13-B11)
○10月18日(火) 20:00〜22:00
○ケネディ・センター・コンサート・ホール(米国ワシントンDC)
○Second Tier B25(4階2列目、下手端5席目)

アポロあってのダフネ

 最近R.シュトラウスの珍しいオペラ「ダフネ」を全曲録音したフレミングが、CDのプロモーションよろしくワシントンで演奏会形式の上演を行う。ステージ左右・後方の席が閉鎖されたものの、ほぼ満席の入り。コンサート・ホールではなかなかないことだ。ステージ上手後方に合唱団席があるせいか、コントラバスがかなり前に陣取る。
 黒地に光沢の入ったドレス姿のフレミングを先頭にソリスト、指揮者が登場。ビシュコフは白シャツに黒のベスト姿。

 冒頭の木管合奏から充実。特に線の太いクラリネットが美しい。羊飼いの1人をベテランのアイケ・ヴィルム・シュルテが歌うなど声のアンサンブルもオケに負けていない。ダフネの最初のモノローグ、今日は出だしから好調。
 ロイキッポス役のサッカはドイツ生まれのイタリア人だそうだが、ミーメなどのキャラクターにぴったしの声。ゲア役のラルソンは「コントラルト」とプログラムに紹介されていたが、確かに暗い低音がよく伸びる。ペナイオス役のホルの声も渋いだけでなく暖かみを帯び、両親とも存在感十分。

 オケはその後も木管と弦を中心に輪郭のはっきりした響きを聴かせる。他のシュトラウス作品に比べて胸を締め付けるようなメロディや朽ち果てそうな和音が少い分、彼らの堅実なアンサンブルが生きる。全ての音が指揮者に向かって発せられ、その響きが限界まで凝縮されてから客席に放たれるような感じ。その一方で、合唱はわずか24人なのにオケに負けない声量と正確な音程で舞台を盛り上げる。技能賞もの。

 フレミングの声はどんな細かいフレーズになっても、どんな大胆な音の跳躍になっても、崩れることがない。アポロとの二重唱では愛の喜びを惜しみなく告白し、雷に打たれたロイキッポスに向かって悲痛の叫びを発するにもかかわらず、その間絹のような柔らかさが声から失われることはない。移調するたびに声色も変わるので、シュトラウスのメロディに実によく合う。もう、ときどきため息をつきながら彼女を見つめるしかない。

 ところが、この夜さらに輝いていたのは、アポロ役のウェスト。ただ1人暗譜で登場し、最初の箇所こそやや音程が不安定だったものの、すぐに全開。絶好調時の井川の速球みたいに、高音のフォルテが面白いように決まる。彼が歌い始めてからドラマの中心は完全に彼に移ってしまった。ロイキッポスに雷が落ちる場面で右手を突き上げるなど、しっかり演技付き。「トリスタン」などに比べたら出番もずっと短いのでスタミナも心配なし。余裕の完投勝利。
 このアポロの正に人智を越えたパワーがあったからこそ、ダフネの変容の場が説得力を持つ。弦の上昇音階はダフネの足が根に変わり土に生えていくような光景を連想させるし、フレミングは全てを達観したような雰囲気を漂わせる。最後のヴォカリーズは客席に背を向けて歌う。彼女の姿が遠のいて消えていくようだ。

 聴衆にはプログラムとともに英訳付台本が配られる。途中でページをめくる音に悩まされるかと心配したが、杞憂に終わる。今どこを歌っているか把握できている者はほとんどいない様子。しかし、演奏が終わると平土間は総立ち状態に。満足の夜。

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